人生スローカーブ(*´∀`*)ノ

水のように生きていたいものです。
雪が降った。
大量に。
朝からチラチラ降り始め、
昼過ぎにはボタボタと。
あっという間に校庭は真っ白に。
帰宅する時は自転車も大変。
帰ってきてからは雪かき。
それも3時間たった後ではまた降り積もっていた。
車の雪下ろしもする。
雪道を走りたくなったので近所のスーパーまで走らせる。
慣れてない車はそろそろと走っている。
慣れている私は普通に走る。

雪道は面白い。
と言ったら怒られるかもしれないが、
歩くことも、自転車も、車も、
普段では味わえない感覚を味わう。
周りの大人たちが嫌そうな顔をしている中、
私だけは子どもたちと同じようにはしゃいでいる。


やはり雪の降る夜は好きだ。
雪の降る冬が好きだ。

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明けて新年
これといって悪いこともなく、
穏やかに過ごせている。
良いことが続いている。

毎年年末年始は体調を崩すのだが、
今回は体調を崩すこともなかった。

そのかわりといってはなんだけど、
12月から皮膚科。
1月からは歯医者に通っている。
今日はついでに自転車も見てもらった。

12月から掃除をきちんとやり始め、
1月からはとにかく寝ることにした。

年の終わりから変わり始めから身の回りや体や心のメンテナンスに入っている気がする。
そのせいか調子が良い。
仕事も調子が良い。

やっと言いたいことが言えるようになってきたことと、
少しずつ信頼関係のようなものが芽生えつつある。


体のメンテナンスについては、
なんとなくだけど、
無意識下の上でやっている気がする。
安定した立場のうちに色々治しておこう。
そんな気がしている。

次は目。
その後はおそらく人間ドック、脳ドックなんかを受けだすような気がしている。

なんとなくだけれども、
2年後くらいにはこの立場にはいないような気がしている。
なんとなくだけれども。

その間に治せるところは治し、
手を入れ、
数年は大丈夫なようにしておきたいのかもしれないな。


何かが大きく変わるような気がしている。
早く寝るようになり、
時間が増えたような気がする。
1日は誰にとっても24時間なのだが、
今週に入ってからはとても1日が長いような気がするし、
その分色々とできているような気がしている。

朝の1時間と夜の4時間。

今までは帰ってきて、
なんだかんだと理由をつけては12時過ぎに眠ることが多く、
そして朝は中々起きられなかった。

何かで読んだのだが、
朝に後5分だけ寝かせて・・・
というのに、
夜は平気で1時間2時間ぐだぐだと過ごしている。
その1時間2時間を睡眠に当てればいいのに・・・
とかなんとか。
おそらくまた最近読みだした千田琢哉の本に書いてあったような気がする。

それをそのまま実行にうつしてみた。
1日を寝るために過ごす。
起きたら今日寝るためにどう生活したらいいのかを考える。
起きた時から寝る時のことを考える。
そうすると、
仕事から帰ってきたら、
最低限のことだけをして、
すぐに布団に入るようになった。
その日ごとに違うが、
早ければ8時。
遅くても10時半過ぎには布団に入るようになった。
総睡眠時間は大して変わってないのだが、
1日が長く感じるようになった。
そしてテレビを一切つけなくなった。

そして休みの日に眠ってしまったり、
寝坊して昼過ぎまで寝ていることがなくなった。

暇になった。

夕べは8時に寝て、起きたのが4時で。
もう眠くないので起きて、
お腹がすいたのでご飯を食べて、
読書して。
そのまままた眠っていたが目覚めたのが8時前。
それから皮膚科に行ったり、
クリーニングに行ったり、
家事をしたり。
午後は歯医者に行って。
後は年末にとったテレビを見ていて。

とにかく今日1日は長かったな。
明日から仕事でもいいくらいに感じる。

感覚的には1人だけ世界が3時間程早く来る感じ。
3時間程時間を前倒ししたような感じがする。

そりゃ平日は疲れるけど、
家に帰ってきて、
最低限のことをして、
布団に入る。
そしてきちんと湯船につかるようになった。

すぐに眠れるのがありがたい。
元々テレビは見ないのだが、
ニュースだけは見ていたけれどもそれもやめた。

テレビが一番時間を取っていることがわかった。

でもテレビは必要だとは思うが。
自分の好きな番組だけ録画して、
それを休みに見たいなあと思う。

ニュースもテレビじゃなくてスマホでチラッと見れば十分だった。
大きなニュースは黙っていても耳に入ってくるし。


という新年ひと月目。

後は、
行動をスマホのメモにこまめに書くようになった。
元々は手帳を使っていたのだが、
身につけているスマホに書き込んだ方が早いしわかりやすいから。

そうなると必要事項がどんどん消化されて後はやることがなくなる。
そうなると今度は暇になるから、
フランクリンプランナーや7つの習慣でいう第2領域のことをしなきゃいけなくなる。
しかし思いつかない。
ということは今まで必要に迫られたことしかしてこなかったことに気がつく。

さて、
これから何をしようかな。

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君に届け
昨日飲んで帰ってきて、
朝起きたけど、眠くてまた寝て、
それでもまた不安と恐怖が襲ってくる。
とりあえず昨日持ってきた道具を使って仕事を始める。
しかし震えるやら頭がまとまらないやらでどうにもならない。

とりあえずご飯を食べた後だけども。

仕事をしつつ、
しかしどうにもならないので片づけをする。
本を片付けているとマンガが出てきた。
どうせ読まないだろうと売った時に売り忘れたやつ。
「君に届け」
3,4,5巻だけが残っていた。
1,2巻はだいぶ前に読んで、
その後はなぜか読む気にならなくて、
そのまま放置してあったらしい。
とりあえず売る前に読んでみるか。
そう思って読み始めたら。

おもしろい。
久々に面白くて読みふけってしまった。
頭の中がクリアになる。
それでまた仕事に戻る。
そして飽きたらまた読む。
そして仕事。
その繰り返し。
あんまり面白いのでその後の巻も買ってきてしまったくらい。

恐怖感や不安感がなくなるだけでなく、
久しぶりにドキドキワクワクしたし、
まだ自分にもこんな気持ちを感じることができるんだって思った。
マンガってすごいなって思った。
真面目な本ばかり読んできて、
無間地獄にはまっていたのかなとも思った。
マンガや映画をこれからはもっと見たいなあ。

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振り返り
無条件で喜んでくれる
それはそれでうれしい
だけれども何故そんなにも喜んでくれるのか

それが「gift」なんだろうなと思う


時間がゆっくりと流れている
ちょっと前までは分刻みだったのが、
今では時間単位だ
それが来週はおそらく日単位になる

旅に出ようと思う
出てしまったらまた分刻みのスケジュールに戻れなくなりそうだけれども


1学期はあっという間だったね
という

そんな風に言われることが多かった
でも自分は1学期でもうすでに1年位たった気分だ

歳を重ねれば重ねるほど時間がたつのを早く感じるという
子どもがきている期間、確かに1日は早い
あっという間に感じる
しかし1年で考えると自分はむしろ長くなっているような気がしている
考えてみると、
仕事の処理スピードが上がってるからかもしれない
昔であれば2週間かかっていたものが今では半日で終わる
その日に返せなかったものが今では15分で見られる
どんどん処理能力が上がり量が多くなる

それは何故かというと、
常に頭の中で考えているからだと思う
常にシミュレーションしている状態
常に頭の中は稼働中で、
何かしらのことを考えている
やることを手帳かスマホに単語レベルで落とし込み、
一気にやる

1年でやる仕事の量、その他日常のこと、
昔の数倍も多くなっていると思う
そうなると人よりも同じ時間で様々なことをやっている気がする


夏休みはそれがなくなる
いや、なくなったわけではないが、
休眠状態が許される
そうなると頭を使わないからバカになりそうだが・・・

1年で4年分位生きているような気がする
そうなると40年働いたとすれば、
160歳か

結局考える、というよりは、
ひらめきで動いている気がする
パッパッとつながって行動にうつす

考えなくても動く
そうなってくると予期できることはつまらなくなってくる
予期できないことの方が楽しくなってくる
ルーティンも好きなことは好きなのだが、
予期できないことを求めて旅に出るのかもしれないな

ルーティンなことはいかに工夫して早く丁寧に仕上げることができるか
それにかけてしまうし

結局マルチタスクになる

何かをやっている間に何かをやる
それの連鎖
へたすると同じ時間に三重にも四重にも同時並行してやっていることがあったりするし

それは初めからできたわけではなく、
臨時でやっていた時に一緒に働いていた先生から学び、
その先生が読んでいた本を買って読んで、
その中に出てきた本や著者の本を買い、
またその中に出てきた本や著者の本を買い、
フランクリンプランナーに出会い、
優先順位、計画の立て方を知り、
自分で実践して、デールカーネギーに出会い、
その他色々なものに自己投資した結果だと思う。

元々能力があったわけではなくむしろその逆で、
人以上に不器用だから人並みになろうとした結果であり、
こうして文章を書くこともできず、
人とコミュニケーションをとることもできなかった自分が追いつめられた結果なんだと思う。

そんな話を人にすると今ではまったく信じてもらえなくなってしまったわけだが。

必要に迫られて、
いや、もっともっと追いつめられた結果だと思う。
子どもの頃の自分が今の自分を見たら信じられないと思う。
「努力をした」とは思わないが、
やらないと生き抜くことはできなかったので、
こうなったのだと思う。

もっと楽な道もあったと思いますがね(´・ω・`)


昨日の記事と関連するけれども、
子どもに好かれるのは、
元々自分ができない子だったからかもしれないな。
人とうまく関われない、運動ができない、話ができない、常識がわかんない・・・。

おとなしくしてたから先生や周りの大人たちはわからなかったのか、
それともスルーしてたのか今となってはわからないのだが、
まぁよくもまぁここまで普通に生活できるようになったなあと思います。
社会的にまともに生きているのが素晴らしい。

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お宝
近所のハードオフにお宝があった。
自分が高校生の頃に好きだった歌手のCDがどっさりと。
当時は高くて手が届かず、
かと言ってレンタルもしておらず、
なんとか友達やら知り合いのつてを辿って借りてMDに落として聴いていた。
そのMDプレーヤーも金がなくて、
展示品を1万円で購入したけれども、
蓋がちゃんとしまらなくて輪ゴムで止めて使っていた。
登下校中、休み時間など、外にいる時はずっと使っていた。
家にいる時は高校受験合格で買ってもらったコンポに、
1年がかりで貯めたお金で買ったSonyの据え置き型のMD録再機をつないで、
よく聴いていた。
さすが据え置き型のMD録再機。
毎日のように使っていたのに8年位は壊れなかったな。
ラジオを録ったり、
CDを買うお金がないので、
FMや、雑音混じりの深夜のAMから音源を録って、
よくつまみをまわしながら編集してました。
同じ曲を別の番組で別々に録ったものを、
うまくミキシングして1曲にしたりしたこともありましたね。
今では動画サイトがありますから、
聴きたい曲があれば無料ですぐに聴くことができますから良い時代になったと思います。
その分ありがたみや感動が薄れた気がします。
当時は少ないお金の中から買ったCDだったりすると、
それこそ「擦り切れるまで」聴いたものです。
家ではCDで聴き、
外では初めはカセット、そのうちMDに移行しました。
そのMDも今では再生機が売られていないため、
残ってはいても聴くことはできません。
また、大人になってから買ったMDがついているコンポやら、
大人になる前に買い直したポータブルMDプレーヤーもすぐに読み取れなくなってしまうので、
残っているMDはそのまんま。
結構そういう人がいると思います。
昔の懐かしい曲を聴きたくても、
MDが聴けないから、
YouTubeなんかから引っ張ってくる。
私もそんな感じです。
最近はスマホが音楽プレーヤーです。
CDを借りてきたり、今まで買ってきたCDの音源を取り込んでますが、
今同期したらスマホの中に3000曲以上入ってました。
CDを持っていなくて、
MDのも合わせたら何曲になるんだろうという感じです。

買ってきたお宝は新しい匂いがしました。
ブックレットを開くとインクの匂いがする。
CDケースにも傷がなく、
CD事態にも傷がありませんでした。
その歌手のCDがデビュー作から1つ以外は揃ってましたので、
おそらく同じ誰かが売りに出したのだと思います。
おそらく保管用かと。
それか私のようにMDか何かに落としてCDはその時しか開けてなかったのでしょうか。
ブックレットの中に、
販売元からの葉書もそのまま入っているのも2枚ありました。
大事にしていたんだろうな、
おそらく自分と同じ年代の人だから、
何か結婚とか引越しとかを期に出したんだろうなと思います。
大事に保管してくれていてありがとうと言いたいです。
久しぶりにあの当時聴いていた曲を聴いています。
あの頃考えていたことを思い出します。
あの頃の自分は今こういう風になるなんて想像もしていませんでした。
違う未来を夢見ていました。
実際、そこに近いところまで行きましたが、
夢と現実は違ったのでそこで断念しましたが。
でも夢は一度叶ったのでそれだけでも幸せだと思います。

その後どうやって生きていこうかと思って、
こういう生き方をしています。
あの頃の自分が今の自分を見たら、
とんでもないことをやっているなあと思うと思います。
当時の自分ならできないこと耐えられないこと信じられないことをしていると思う。

どうしても懐古趣味になりますが、
ネットがなかった時代と、
今のような時代では世界が違うと思います。
今はなんでもすぐに手に入る。
その分相対的に価値が下がる。
しかし便利さを手に入れてしまえばそれに慣れてしまう。
実際、ネットがなかったらこうして個人が文章を発表する場はハードルが高いと思う。

また、曲でも動画でもなんでも、
ありがたみが減ると思う。

同じ曲を何度も何度も長い間聴くっていう文化は今の若者にはあるのかな。

なんて思います。
ともかく宝物。
 

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振り返り。

学年で歩きながら、

「いや〜今年で終わりかな〜」とか思ってるんですよねって話してたら、

校長室の前。

校長室があいてて校長先生が?!みたいな顔で見ていた。

 

というようにほんと無力感を感じる。

モチベーションを保ち続けている人はどうしているんだろうかと考える。

 

久しぶりに「教師のチカラ」という雑誌のバックナンバーを読む。

だいぶ若手がしっかりしたことを記事にして出している。

同年代もいる。

ベテランは少ない。

 

指導していて、

俺はなんのためにこれをやっているのだろう。

とか、

こんなことをしていて何になるのだろう。

と思うことも多い。

 

よかれと思って指導したことが批判されたり、

だからと言って指導しなければ荒れていく。

 

指導しても言われ、

指導しなくても言われ、

結局何をしたらいいのかわからなくなる。

 

何をしていいのかわからない時代ではなく、

何をしたらいいのかわからなくなった。

 

成り立ての時は必死だから何をやっていいのかわからないけど押し通したりした。

今は色々な手立てがある中で、

この子たちに何をどうしたら一番いいのかを考える。

一見、

なんでもないありふれた落ち着いたクラスを作ることはできるが、

結局それでは何も成長していないし、

抑止力がない時に元に戻るようでは意味がないし。

だからと言って全体指導で言葉だけでってのはほとんど効果がない。

というのは今の自分に力がないからだろう。

 

一見体裁は繕える。

子どもは活動しているように見える。

しかしはたしてそれでいいのだろうかと考える。

 

そりゃだめだろう。

とは思うがどうしたらいいのか、

どうしたものかわからなくなる。

 

やってもダメ、

やらないともっとダメ。

 

そりゃ雑誌を読めば自分よりもはるかにすごい先生たちがいろんな実践をしているし、

受け持たれている子たちは幸せだと思う。

 

そこに書いてあることが事実ならばだ。

 

それだけのモチベーションと、

それだけ振り分けられる時間と体力と気力と。

 

それはどこから出てくるのだろうかと思う。

 

今の自分は悪循環なのだろう。

死ぬ気でやれば、

全部ひっくり返せばいいのかもしれないとは思う。

全部ほじくり出して、

全部明らかにして、

戦えばいいのかもしれない。

 

それこそ問題を徹底的に追及して、

親とも子どもとも学校とも組織とも全部と戦って、

そうして全部ひっくり返してしまえばいいのかもしれない。

 

それこそたぶん死んでしまうと思うが。

 

 

レベル1

とにかく子どもが教室にいる

 

レベル2

子どもが学習する姿勢になっている

 

レベル3

子どもが自発的に活動している

 

レベル4

先生がいなくても自分たちで課題を見つけて解決していく

 

レベル5

新しい価値を創る

 

レベル0

手が付けられない

 

レベル2であれば御の字というのが今の教室の姿ではないかと思う。

レベル1にするのでも中々きつい状態でもある。

 

1と2の間が一般的かもしれない。

教室にもいる、授業も受けているが、

騒々しい

 

とにかく子どもを学年末までなんとかできればいいとかいうことも聞くけれど、

また学年初めに新しい子どもたちがやってくる

それを辞めるまで続けるというのか。

 

今日、

別の先生と話をしていて、

年々指導が難しくなっているってことを聞いた。

それもありふれた話。

10年前に自分がやっていた指導を今はできない。

その位学校という形は変わらないけれども内部は変わった。

40代、50代のベテランが学級崩壊するのもそれ程めずらしくない。

むしろ学級崩壊なんて言葉を聞かなくなった。

それが当たり前の状態になってきていて、

逆にシーンとしていると違和感を感じるくらいだ。

 

教室は騒がしい。

それが当たり前。

教師主導の一斉指導は姿を消しつつあり、

話し合い活動、

アクティブラーニングに代表される子どもが主体的に学ぶ活動の奨励。

とにかく教室では動きがなければならないとされる一連の流行。

 

ろくに準備をする時間もない教師が、

全科をそのような授業で行えるのはすごいことだと思う。

現にいるわけだから。

 

今日のクラブ活動では、

子どもたちが自発的に活動しているように見えた。

それを見た一緒にいる先生が子どもたちが自分で動くようになったよね。

と言った。

 

実はそれは違っていて、

動けるようにシステムとルールをこちらで示して、

後は自分たちで活動しているように見えてるだけだ。

 

子どもたちが自分で考えて、

自分たちで行動しているわけではない。

本来教育活動というのは、

自分たちで考えて、

自分たちで行動を決めて、

自分たちで動いていけるようになることを目標とすると自分では思っている。

 

その着地点までにたどり着けば子どもたちはすごい力を発揮する。

いや、大人でもそうだと思う。

その領域までたどり着けば生きているのが楽しくなると思うのだが。

 

 

誰かに提示された目標を、

何のためかわからずに、

ただ遂行していく。

そういう人が案外多いんじゃないかと思う。

 

それを自分なりに解釈して自分なりに自分に結び付ける。

それもある意味正解なのだとは思う。

 

そもそもなぜ教師になろうとしたのか。

そこが今自分に問われていることだと思う。

 

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振り返り
振り返り。
とは言っても抽象的な話だけどね。

どうも後悔の念が強いんだよな。
そりゃ今週。
すごい頑張ったなぁと思う。
しかしもっとできたのではないかという後悔の念というか、
やりきったって感触がない。
その理由はわかっている。
結局最後のところで人任せにしたからだ。
今日は朝から具合が悪くてセーブモードな上に、
最後は投げてきたからな。
後味が悪い。
確かに頑張った。
上からも具合が悪いように見えたからそれでも許されて4時に帰ったけども。
みんな頑張ってる中で1人だけ逃げたような感じがして辛い。
しかし帰ってきてからはどうにもならなくて寝ていたのだけれども。
そのせいか今は眠くなくなってしまった。
我ながら回復力は大したものだなとか思いながら。
しかし最後は逃げたね。
みんな頑張ってるのにね。

よく考えれば自分は色々なことをやっているつもりだが、
もっと前に立ってもいいのかなって思ったり、
そりゃ大変だと言われることをやっているわけだが、
最近では変に慣れたのか、
大したことないとか、
他の人の指導を見て自分が指導したいと思ったり。
子どもが固まる指導や、
どうしていいのかわからなくなっている場面を見てもどかしくなったり。
とは言ってもその先生は一生懸命やっているからその場では横槍を入れられなかったりする。
大変な子。
そんな風に言われている子でも、
結局力をどう出せばいいのかわからないからそうなっているだけで、
自意識過剰とは思うが自分だったらその子らしさが出せる。
そんな風に思うわけで。
それはある意味今のクラスでできているからだけど。

そんな風に思えるのは夕方から寝ていて元気になったからだろうけど。

もどかしくなる。
しかし最後は逃げたからなぁ。

行事を通してとか、
半年たったからなのか、
段々と全体像が見えてきて、
少しずつやりやすくなってきた。
職場の人間とも関係性ができてきたせいで、
だいぶ自分らしく動けるようになってきた。

というか、
こうなってくるとクラス力にだいぶ助けられているって思う。
子どもがよく動く。
こういうパターンが多い。
2学期になると子どもたちが自由に動けるようになってくる。
今までの怒られてばかりきて、
先生の指示ばかりで動いてきたのが、
自分で考えて自分で行動できるようになってくる。
あったかい雰囲気になってくる。
笑顔が増える。

昔から何度か言われてきた。
どうしてこんなに早くクラスを立て直すことができるのか。
いや、今回のクラスは壊れていたのかはわからない。
それは全て人づてなので。
本当のところはわからない。
授業が成り立たない。
2日にいっぺんはトラブルの電話をかける。
うるさい。
ケンカ、暴言、いじめ、などなど。
学校で1番大変だと言われてたらしい子がいるうちのクラス。
その子たちを始めの3日で懐柔し、
その後色々とあったけども、
今は学校生活を頑張っている。
家庭状況が大変な子もいるし、
友達関係がきつい子もいるし、
心の闇を抱えていたり、
昨年まで特別支援級を進めようとしてた子もいるし。
つっぷして何もしない子。
テストで何も書けない子。
忘れものばかりの子。
いろんな子がいる。
そんなうちのクラス。
そんなクラスが今私がいなくても給食、掃除、その他を自分たちだけで進めることができる。
男子女子関係なく話し、考え、行動する。
本当に授業が成り立たず、
トラブルが絶えない子たちだったのか。

特に何か対策を打ったわけでもない。
普通にやっていただけだ。

1つ言えることはその子その子に対してのオーダーメイド的な接し方と、
できるだけその子にあった環境を作ること。
後はどう過ごすのかはその子自身が選ぶことだから。

自分は細かくあーしなさい、こーしなさいと言わない。
どちらかと言うと、
「人として」
とか、
「人に迷惑をかけるな」
とか、
最近は「その行動には愛がない」とか。

また、何か問題的な行動をしたとしても、
その裏のことを考えることが多いし、
どうしてその子はそういう態度や発言をするのかと考えて、
そうせざるを得ないんだなと思えばそこまで強くは指導できない。

騒ぐ。
叩く。
暴言を吐く。
その裏にはその子一人ひとりに背景があって、
同じ現象でも裏に隠れているものは一人ひとり違う。
だからちょっとしたことなら放っておくことも多い。
ただしちゃんとその場は見てるけど。

他のクラスで暴れている子をよく見るけど、
うちのクラスではまだ暴れて手がつけられなくなったことはないな。
子どもは環境を選べないから。
手がかかる子。
そんな風に言われていてもその裏側はその子その子によって全く違う。

結局は承認欲求であり、
そこが満たされない限り内面から行動を変えることはできない。
いわば自分から行動を変えようとした時にその子は変わる。
外からの働きかけは無意味。
この場合は注意、叱責、説得なのだが。

理論で納得しても、
感情で納得しなければ人の行動は変わらない。
表面の行動は変わったとしても、
自発的にはそれができない。

よくあるのは、
「たまには男の先生からガツンとやってもらわないと」
ってのがあるけど、
昔若い頃ならそうだろうとも思うこともあったけれども、
今では「ガツン」となんてやろうとは思わない。
そりゃ関係性ができていたり、
ここはやらないと、とか、
疲れがマックスで出てしまうこともあるけれども、
ただ「ガツン」とやるだけでは子どもをおとなしくさせるだけであり、
なんでそうなっているのか考える必要がある。

特性、性格、先天的な障害の有無、家庭環境、成育歴、そんなものを考慮したうえでどう対処していくのかを考える。

去年まで0点が当たり前の子が算数で100点を取った。
出会った時は何にも取り組めない子だった。
その子が内面から変わりだすとイキイキし始めて、
友達とも関わるようになり、
宿題もちゃんとやり、
ノートもとり、
本当にこの子は去年まで机に突っ伏したり、
暴れていたのだろうかと思ったり。

授業妨害をして授業を成り立たせないような行動をしていたのに、
今では面白い考えを連発したり、
休み時間に友達を笑わせたりしているあの子が、
本当に去年までそんなことをしていたのか。

友達と触れ合えず、
登校渋りが多かったあの子が、
ってのは本当なのか。

いじめに耐え抜いてきたと聞いたあの子が、
今では笑うことが多くなって、
そんなに今まで苦しかったのか。

説明するのが難しいほどの家庭環境のあの子が、
こんなにちゃんと学校生活を送れているのか。


1つ解決したかと思うと、
また1つ案件が出てくる。
おそらく受け持ちが終わるまでそれは続くことだろう。
というよりも、
解決したわけではなくて、
寛解しただけで、
またふとしたきっかけで元に戻ることもあるだろう。

クラス運営ができたうえで、
今度は学年、
学校の立場からも考えて、
さらにはその上の立場や地域、家庭からの視点からも考えて。
そうした時に何が1番幸せなことなのか。
その位になってなきゃいけないような年齢なのかもしれないなとか考えるが。

しかし初めに戻るが、
結局最後は逃げたな。
そこに後悔の念はあるのだが。

 

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おでかけ
ボディバッグの痛みが激しくなってきたから前々から買い換えようと。
修理もできるようだけど、
修理して使おうかなとか思った今日のお出かけ。
表参道、丸の内、新宿をまわる。
表参道や丸の内は思ったほど人がいなくて良かったなぁ。
特に丸ビルは良かった。
新宿は人が多かった。
歩けない程にね。
そして、
街中を飛び交う外国語。
中国の人、白人だけど英語じゃない人、色々。
ほんと外国人が多くなったなぁと思う。
そして、
カバンを探してるつもりだったけど、
まずは靴かなぁとか思った。
後、リュックを背負ってる人が多かった。
そして、
髪型。
メガネ。
斎藤一人さん流に言えば「押し出し」が強いな。
新宿はまだいいけど、表参道や丸の内ではダサダサで少し恥ずかしかったなぁ。
そして、表参道はベンツ、アウディなどの外車とタクシーだらけ。
丸の内はタクシーだらけ。
新宿はバスだらけ。
見事に来る層が違うんだろうなぁと思った。
土日は表参道、丸の内とか、ちょっと来づらいところの方が人がいなくて過ごしやすいなぁと思った。
その分、
客単価は高いけどね。
新宿、渋谷、池袋は人が多すぎる。

そして時計。
いいなって思うのは給料の何か月分。
数年前までは店にすら入れなかったのに。
今つけてる時計は指輪のようなもので、
いい加減違うのつけたいなぁとは思うものの、
自分が買える予算でっていうと、
あんまりほしいものがなくて。
数年前なら喜んで買ってたであろうものが何故か魅力的にうつらない。
おそらく成功した人の本とかオーディオブックとか聞いてるからだと思うけども。
靴、鞄、時計。
いい物を買えば一生ものって言われても今はまだ買わない。
今のままで結婚してたり子育てしてたら買えないだろうなぁ。
なんて思うわけだがね。

久しぶりに街に出て色々勉強になりました。


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咳が治らんのぉ(´・ω・`)
咳が治らんのぉ。
後、鼻水も治らんのぉ。
渋滞情報見るとどこにも出かける気にもならず、
ホテルも満室で、
出遅れ感いっぱいの休日4日目です。
昨日も今日も寝てばかりだなぁとか思いますが、
充電できてるとか、
今まで一生懸命に頑張ってきたんだなぁとか、
こんなに寝れるなんてないぞとか思いながらいます。
寝すぎて頭が痛い。

時間とお金からの自由ってのが最近のテーマですが、
限定的には自由なんだなぁって思います。
時間もこうして連休が取れる、あるいは夏休み、お正月などそういうことを考えれば年間100日以上は休日。
お金は食っていくには十分にありますし。

ただしあくまでも限定的自由。
世の中には楽しみながらお金からも時間からも自由な人がいるわけで、
おそらくこの5連休は混む中を出かけることもなく、
ゆっくりしてることと思います。
そういう人たちは人のいないオフシーズンにもっぱらすいたところに行っている。
そう考えると、
わざわざ混んでるところに、
しかもいつもよりも高い時に行く気にはならないわけで。

願えば叶うとはよく言われることですが、
それは本当だと思います。
それは自分が一度経験してるから。
10年前の自分がまさにそうだった。
なりたいものがあって、
毎日寝ても覚めても考えてたし願ってた。
どうすればそうなれるのかいつも考えてて、
それが行動につながって願いは叶った。
しかし、叶ってからのことは考えてなかったな。
だから叶ってからは抜け殻のようになってしまっていた。
その後は世間の人と同じような生活を送ろうと思って人並みの生活と人並みの恋愛と。
どうやらそれも向いてないこともわかりつつある。

だからと言って他の人と違う才能も持ち得ていなくて、
結局何に向かって行けばいいのかわからなくなってしまったのぉ。
本を読めばいいと言われ、ひたすら読んでみた。
しかし、読んでも行動にうつさなければ意味がない。
知識だけ持っていても使わなければどうしようもない。

小さい子に好かれる。
動物に好かれる。
邪気がないものが好きだったりする。
自分自身邪気がないのかもしれない。
言い換えれば計算ができず、
物をありのままに見てしまう。
昔からそういうところはあったが最近はそういう人ばかりではないことを知る。
純粋な人ほど
頑張る人ほど、
この世は生きづらくなってしまってるのかもしれないな。
なんでもありの世の中で、
生き抜きっこゲーム化してるなぁって思う。
誰かが、
20世紀は殺しあいっこゲームだったけど、
21世紀は生き抜きっこゲームだって言ってた。
20世紀は殺されなければ大丈夫だったが、
21世紀はただ生きてるだけではだめで、その中でも階層ができあがる。
仕事がなくなり、家がなくなりホームレスになっても、
その中でまた生き残りゲームが始まるって。
階層があり、また下位層にも階層がある。

数十年後には人口が今の3分の2程度になり、
自分も労働力人口からは外れる。
その時日本の国力は今の半分程度になると思う。
逆に新興国と呼ばれてる国が国力をつけてきて今の先進国が20世紀に行ってきたことを始めるかもしれないな。
発展するということはそういうことだから。
たくさんの物を作り、たくさんの物を消費して豊かだと思う。
今の日本人はこれ以上消費することができない。
だって、みんな持ってるんだから。
一人一台10万近いPCと同じようなスペックをもった箱を持ち歩けるほどだし。
10年前のPC以上の性能があるものを持ち歩いている。
これ以上どうしたらいいのかみんなわかんないんだよな。
想像してきたものはほぼ作り上げてしまったし、
これ以上みんないらないと思ってるだろうし。
何か昔で言う産業革命やエネルギー革命、あるいは大きな戦争でまたぶっ壊さない限り新しい時代は生まれない。

時代がファスト化し、
数か月しかもたない。
成熟する間もなく次の物に移り変わる。
10年後に残っているものはなんだろうか。
そんなに早く簡単に残っていくものなど作れるわけがなくて、
しかもデータ化の世の中だから情報は全て物質化しない。
うーん。
どこかにMDプレイヤー作ってくれる企業は出てこないものか、
もう売ってないから昔のMDが聴けない。
ネット時代も当たり前になって、
なんでもネットにある。
有線も無線にとってかわり、すごく便利ではあるんだけども。

こうやって時間があるとたくさん考えてしまうなぁ。


 
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斎藤一人さん
斎藤一人さん
名前は知っていたけども読んだことはなかった
1年位前に千田琢哉さんと並行して何冊か読んだかな
その時もそこまで気に留めてはなかった
CDがついていたので、聞いたこともある
でも、琴線にひっかかることもなかった

この星は行動の星だからねとかいう本を読んだ
人生の成功法則みたいなタイトルの本も読んだ

最近
振動数の本が気になったので読んでみた、ってか半分読んだ

それにもCDがついていたので、買った後の車で聞いたかな

それがハマった
要は
物には振動数があって、その振動数が高い方が成功しやすいってこと
振動数を下げると嫌なことが起こること
気分が落ち込むってのは振動数が落ち込むってことらしい
そして、嫌いな人は自分の振動数が下がる相手であり、
会う人会う人の振動数をあげるようにしてごらんってことだった

振動数って言葉じゃないけども、ビジネス本や、自己啓発本には似たようなことが異口同音で書かれており、
振動数ってのが自分にはわかりやすかったのでやってみた

振動数を下げない
つまり、わくわくすることや楽しいことを自分にする
仕事でもどうにかして楽しくするようにもっていく
相手を元気にするような行動や態度を取る

2週間程やってみた

確かに変わった
行動的になり、いいことが増えた
ってよりも、起きてる事実は同じなんだけども、捉え方が変わったってことかな

斎藤一人さん自身も言ってるけど、宗教みたいだけど宗教じゃないって


ただ、これを宗教だと感じる人もいるんだろうし、自分もそう思うところもあるからか、人にはそのまま伝えられない

なんでだろうかね?
ただ、事実は自分の感じ方が変わり、人生が前向きに進んだってこと

そりゃ、相変わらず疲れてるし、嫌なこともあるけども、少なくともいいことがたくさん起きるようになってきたし、子どもや親、周りとの関係もよくなったように感じる

そして自分自身が明るく振る舞えるようになったと思う


斎藤一人さんの真髄はその語り口だと思う
本もいいけどCD
YouTubeにもゴロゴロ転がっている


結論、理由って話し方
そして、ジョーク、例え話
例え話はラーメン屋が多いなぁ

話し方だけでも参考になるし、
自分は目からよりも耳からの方がよく理解しやすいってこともわかった

授業や、子どもたちに話す時に、斎藤一人さんだったらどうやって話すかなぁって考えたり真似しながら話すとうまくいくことが多い

まぁ、斎藤一人さんの前に、
有田和正先生の本を読んだのがきっかけになり、
千田琢哉さんの本を読み続けてるってのも布石にあるかな

どの著者にも言えることは、
成長し続けなければダメになるということ
現状維持はないこと
行動すること
自分がワクワクして楽しくて好きなことをやること
少しずつ成長すること

かな

そして、
少しでもマシになればいいんです
それも10年かけてマシになるんです
ってのが心に響いたかな

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