人生スローカーブ(*´∀`*)ノ

水のように生きていたいものです。
完璧主義者と真面目主義
まぁきてくれてよかった。
無事に終わってよかった。
そんなところだろう。
私は前日当日と七転八倒だったが、
慣れるまでは仕方がない。
しかしどうにもならないので自己分析後学校へ道具を取りに行く、そして病院。
友達を呼び出して飲む。
とにかく怖いのと、妄想だとわかっていてもきつい。
結局のところ、その怖いのと妄想をやっつけようと思った。
まぁ嫌なんだけども。
それでも続けるからにはなんとかしなければならないし。
こんなに怖いのに辞める気にならないのはなぜなのか。

とか思うわけで。
やめてしまえば治る。
そんなことなのだろうか。


いろいろと考えることはあるが、
真面目すぎるんだろうな。
いろいろと。
もうちょっと適当に物事を考えるとか、
だらっとするとか、
そういうところなのだろうか。

本屋で見たシナリオ設定集の
「完璧主義者」
の欄に書かれていることがまるで自分のことのようで、
思わず笑ってしまった。

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生まれ変わり
プールにスマホを持っていって、
いざという時はその場から救急車を呼べと言われていたので、
スマホを持ってプールへ。
一緒に組んでいる2人はそんなことを考える余裕すらないと思ったので持っていった。

気がついた時には3年半以上も使っていたスマホがお亡くなりになっていた。
水着のポケットに入れておいたのを忘れてプールに入って指導していた。
上がってから気がついた。


やっと冬タイヤから夏タイヤへと替えた。
夏タイヤに履き替えたのはこれもまた2年ぶりくらい。
前に履いていたスタッドレスをそのまま去年の夏に履きつぶし、
去年の冬に新しいものに替えてからそのままだった。

「片減りしちゃってるので、前輪の2本は次取り換えなきゃいけないと思います。」

はい?


どうやらアライメントが狂ったまんまずっと走っていたらしく、
どうやら逆八の字状態で走っていたらしい。

ちなみに頼んだホイールも色違いのが届いており、
それはそれでいいのでそのまま購入した。
タイヤ自体はいい。
タイヤを替えるだけでこんなにも変わるのかという程に。


立て続けに大きな買い物をしたわけだが、
両方とも予期しないことが起こった。
スマホはバッテリーを2回交換する程だったから、
そろそろ変えなければいけないけれどまだ壊れてないからいいやと思っていた。
タイヤは実はそのまま夏も履き続けて、来年の夏も履き続けて、
来年の冬にまた冬タイヤにしてもいいと思っていた。
夏タイヤは夏タイヤで、前の夏タイヤについていた鉄のホイールごと処分してしまったのでホイールも買わなければならなかったし、
そうなるとそれなりのお値段がすると思っていたので。
しかし、この夏に遠出しようと考えていて、
冬タイヤよりも夏タイヤにしておいた方がいいかもしれないな
と思ったのであえて替えに行った。
そうしたら片減りしてたという。

まあタイヤに関しては安全上の問題もあるので仕方がないのと、
初年度登録からもう9年もたつ車なので仕方がないのかなと思う。
スマホももう3年半もたっており、
同じ種類のやつはもはや4代も前のものなのでこれもまた仕方がないのかなと思う。

ちなみにテレビは未だにブラウン管だが、
最近つけた時に色が滲んで数秒くらいうまく映らなくなってきた。


色々なものを新しくする時期に入ったのかもしれない。

実は仕事もうまくいっていない。
最低限度はできているのだろうし、
子どもからも保護者からも上司からも何もクレームが上がってこないからそれはそれでうまくやれているのだとは思う。
しかし、
自分の中ではもはや意味が見いだせなくなっている。
簡単に言うと、
疲れた。

それでも、
この間行った自立支援医療の手続きで仕方なくとった課税証明書の金額を見れば、
人よりも収入はあるのだろうと思うし、
毎日の生活の中でしていることを単に書き記せばうらやましく思う人もいるとは思う。
そもそもスマホもタイヤも一気に替えるってことも中々できないと思うし。
ちなみに今書いているパソコンも起動するときに必ずエラーが出て、
復旧作業しないと動かなくなった。
これもそろそろ寿命だと思う。

新しくする時期に入ってきたのかと思う。

人間関係も崩れてきた。
職場もそうだし、日常もそう。
それもいつまでも同じではいられないらしい。


そもそも求められるているものと、
自分がいいと思うものがずれてきた。

頭ではわかっているのだけれど、
自分ではそうは思えない。

そのずれ。

今まではそのずれを、
職場なら職場に必ずわかってくれるベテランがいて、
話すことで解決できていたし、
また上司は上司で動いてくれた。
今は話すところがない。

日常でも少しずつずれてきて、
全部を全部話せる人がいなくなってきた。
昔は話すことでスッキリしたり、
考えがまとまったりしていたけれども、
最近では話すこともためらう。
または会うことも少ししんどくなってきた。


薄々気づいてはいるけれども、
求められていることと、
自分が求めることが違ってきている。


なんとなく今が分岐点だなと思う。
今年これからどう動くかで、
人生が大きく変わる。
そんな時期だと思う。
その中で残るのがなんなのか。

結局自分の人生を振り返ってみると、
大きな分岐点の時は何もなくなった。

それでいて「あーどうしよう」なんて気持ちにならず、
すがすがしい気持ちになっていた。

全部捨てる時がまた来たのかもしれないな。

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生まれ変わり
プールにスマホを持っていって、
いざという時はその場から救急車を呼べと言われていたので、
スマホを持ってプールへ。
一緒に組んでいる2人はそんなことを考える余裕すらないと思ったので持っていった。

気がついた時には3年半以上も使っていたスマホがお亡くなりになっていた。
水着のポケットに入れておいたのを忘れてプールに入って指導していた。
上がってから気がついた。


やっと冬タイヤから夏タイヤへと替えた。
夏タイヤに履き替えたのはこれもまた2年ぶりくらい。
前に履いていたスタッドレスをそのまま去年の夏に履きつぶし、
去年の冬に新しいものに替えてからそのままだった。

「片減りしちゃってるので、前輪の2本は次取り換えなきゃいけないと思います。」

はい?


どうやらアライメントが狂ったまんまずっと走っていたらしく、
どうやら逆八の字状態で走っていたらしい。

ちなみに頼んだホイールも色違いのが届いており、
それはそれでいいのでそのまま購入した。
タイヤ自体はいい。
タイヤを替えるだけでこんなにも変わるのかという程に。


立て続けに大きな買い物をしたわけだが、
両方とも予期しないことが起こった。
スマホはバッテリーを2回交換する程だったから、
そろそろ変えなければいけないけれどまだ壊れてないからいいやと思っていた。
タイヤは実はそのまま夏も履き続けて、来年の夏も履き続けて、
来年の冬にまた冬タイヤにしてもいいと思っていた。
夏タイヤは夏タイヤで、前の夏タイヤについていた鉄のホイールごと処分してしまったのでホイールも買わなければならなかったし、
そうなるとそれなりのお値段がすると思っていたので。
しかし、この夏に遠出しようと考えていて、
冬タイヤよりも夏タイヤにしておいた方がいいかもしれないな
と思ったのであえて替えに行った。
そうしたら片減りしてたという。

まあタイヤに関しては安全上の問題もあるので仕方がないのと、
初年度登録からもう9年もたつ車なので仕方がないのかなと思う。
スマホももう3年半もたっており、
同じ種類のやつはもはや4代も前のものなのでこれもまた仕方がないのかなと思う。

ちなみにテレビは未だにブラウン管だが、
最近つけた時に色が滲んで数秒くらいうまく映らなくなってきた。


色々なものを新しくする時期に入ったのかもしれない。

実は仕事もうまくいっていない。
最低限度はできているのだろうし、
子どもからも保護者からも上司からも何もクレームが上がってこないからそれはそれでうまくやれているのだとは思う。
しかし、
自分の中ではもはや意味が見いだせなくなっている。
簡単に言うと、
疲れた。

それでも、
この間行った自立支援医療の手続きで仕方なくとった課税証明書の金額を見れば、
人よりも収入はあるのだろうと思うし、
毎日の生活の中でしていることを単に書き記せばうらやましく思う人もいるとは思う。
そもそもスマホもタイヤも一気に替えるってことも中々できないと思うし。
ちなみに今書いているパソコンも起動するときに必ずエラーが出て、
復旧作業しないと動かなくなった。
これもそろそろ寿命だと思う。

新しくする時期に入ってきたのかと思う。

人間関係も崩れてきた。
職場もそうだし、日常もそう。
それもいつまでも同じではいられないらしい。


そもそも求められるているものと、
自分がいいと思うものがずれてきた。

頭ではわかっているのだけれど、
自分ではそうは思えない。

そのずれ。

今まではそのずれを、
職場なら職場に必ずわかってくれるベテランがいて、
話すことで解決できていたし、
また上司は上司で動いてくれた。
今は話すところがない。

日常でも少しずつずれてきて、
全部を全部話せる人がいなくなってきた。
昔は話すことでスッキリしたり、
考えがまとまったりしていたけれども、
最近では話すこともためらう。
または会うことも少ししんどくなってきた。


薄々気づいてはいるけれども、
求められていることと、
自分が求めることが違ってきている。


なんとなく今が分岐点だなと思う。
今年これからどう動くかで、
人生が大きく変わる。
そんな時期だと思う。
その中で残るのがなんなのか。

結局自分の人生を振り返ってみると、
大きな分岐点の時は何もなくなった。

それでいて「あーどうしよう」なんて気持ちにならず、
すがすがしい気持ちになっていた。

全部捨てる時がまた来たのかもしれないな。

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メンタルが
なんとかやり過ごすしかないよなぁ

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生きてればいいんです
久々に自分を追い込んでしまった
うつ病特有の思考のループ
別に誰に責められてるわけでもないのに自分で自分を責める

結局自分を許せないんだよね(´・ω・`)
できない自分を許せないんだよね(´・ω・`)
周りのいろんな人と比べてあれもできないこれもできない、そして自分の理想とは程遠い自分を責めるんだよね(´・ω・`)

みんなができてるのに自分はできないとか、
比較してるんだよね
でもさ、自分の今までの人生を振り返ってみるとここまで生きてきただけでも奇跡なのに、普通の人ができることもできるようになったってのがさらに奇跡なんだよね(´・ω・`)

だって、周りからは普通に見えるから

頑張ってきたのは自分が一番知っていることで、周りの人たちは知らないこと

背伸びしている状態が普通に見られてるんだからそれだけでも自分はすごいと思うんだ(´・ω・`)

あの引っ込み思案でいるかどうかわかんなくて、運動もできないコミュニケーションもできない自分がここまで普通に生きられてきたことが既に奇跡だと思ったのね

おそらくとんでもないことを書いてるようだけども、本当にそうだなあって思ったのね

だから、今までちゃんと生きてこられたことがすごいことだと思うし、
これから先はもう何言われてもどうなろうが生きてるだけで十分だと思うのね

そんな風に思います

ほんとさっきまで自分を責めてたけどもうそれはやめる
できなくてもいい
できることがあればやればいい

ほんと生きてさえいればそれで十分だと思う

今までよく頑張って生きてきたと思うし、後はこれから先も生きていればいいと思う

だって、生きてるだけで精一杯だから

神が俺を殺すまで、生きてさえいれば合格だと思う

うつ病 comments(0)
追記
本当に全てあきらめて。
ダメになった方が楽なんだろうな。
と思う。

うつ病 comments(0)
コンプレックス。

ダメになったっていいじゃないですか。
元々ダメだったんですから。

その言葉が好きだ。
元々何も持ってない船出だった。
地元でこさえた貯金は部屋を借りることでなくなった。
布団も家電も何もない中での出発だった。
未だに根無し草のように思っているからか、
思い切った買い物はできずにいる。
それこそ、生活に必要な物だけ買った。
それは今も変わらずにいる。
それこそ本だけは大量に消費した。
本を買ってなければ今頃百万単位でお金が残っていると思う。
それでも今の自分が限界だと思う。
限界の先に理想の自分がある。
年月が経てば経つほどその距離は大きくなる。
今の自分は理想の自分とは程遠い。
頭が悪い。
そもそも頭が良かったら偏差値の高い大学を卒業していると思う。
頭がそもそも良くなかった。

軽自動車を幾ら改造してもスーパーカーにはなれない。
自分は軽トラックなのに、
レースに出て勝とうとするから勝てない。
軽トラは軽トラらしく農道をゆっくり走っていれば良かったのだ。
それをターボ化してボディを補強して軽量化して、
そんなことをしてもレースカーにはなれない。

これ以上どうすればいいのかわからなくなった。
勉強しても勉強しても中途半端に頭がいいから追いつけないことに薄々気づいている。
しかし今更ながらコースを変えることの勇気がない。
本当に頭が悪かったのならそんなことも思いつかず走り続けるのだろうが、
逆に本当に頭が良かったのなら、
こんな努力をせずとも楽に超えてしまえるのだろう。

中途半端。
まさしくその言葉が当てはまる。
まさしく中途半端だ。


全てを捨てて帰らなければいけないことも薄々気づいている。
このまま押し通すのもそろそろ限界だと気づいている。
結局帰ってもどうしたらいいのかわからないし、
自分にとっての正解がわからない。
だからと言って、
世間の正解に合わせる気にもならない。
いや、自分にとっての正解にも気づいているが、
到底そこにはたどり着けないだろうということもわかっている。

もはやきれいごとでは通用しない。
なりたい自分とか、
夢とか希望とか、
そんなものは遠いはるかかなたにあるもので、
自分なんて何回生まれ変わってもその境地にはたどり着けそうにない。
そもそも中学あたりに戻って勉強して有名大学に入ったとしても、
その先どうする。
いや、元々大学なんて行くつもりもなく、
違う道に進もうと考えていたけれども、
当時の僕には上京する術も他の道へ進む術も知らなかった。
今の頭で戻ることができたとしても、
同じような道を辿るだろう。
自分という人間が思い描く場所にたどり着ける性質ではない。
知らない方が良かったと思うこともある。
夢は夢のままであった方が良かったのかもしれない。
まさしく中途半端に叶えたものだから苦しい。

もし、あの時こうしていたならば今とは違った人生だったろうな。
と、
酒でも飲みながら誰かと語らっていたかもしれない。

それでもあの頃の自分に比べれば今の自分はだいぶマシになり、
むしろ社会生活をまともに送れていることが奇跡なんじゃないかと思ったり、
よく死なずにひきこもりにもならず、
友人もでき、
こんなんでも一応女性とお付き合いができたり、
そんな、普通の人ができるようなことを一通りできただけでも幸せなのかと思う。
昔の自分からしたら到底無理な話だったから。

結局今の自分は死にそうになりながらの努力の結晶であり、
死んでいても犯罪を犯していてもおかしくない人間が、
こうしてまだまともに生きていることがすごいと思った。

あの頃に比べたらとんでもなく幸せな生活を送れていると思う。
だから理想と比べるのは愚問であり、
それはあくまでも夢物語と思っていた方がいいのかもしれない。
とはいうものの、
おそらくその理想へのきっかけが見えてきたのだろうから夢を追おうとしているのかもしれない。
はなっから無理であればそんなことも思わないのだろうから。

恥ずかしい話だが、
友人を作ることもできなかった自分が、
こうして友人ができ、
女性と話せなかった自分が、
女性と曲がりなりにもお付き合いをして、
人前で話せなかった自分が、
人前で話す仕事をしている。

こうしてできないことを乗り越えてきた歴史がある。
話すのが苦手。
人付き合いが下手。
人見知り。
運動音痴。
そんな話をすると今では信じてもらえない。

しかし元々そうだった。
本を読むことだけができることであり、
その他はまるでダメの男だった。

結局今あるものはコンプレックスの裏返しで、
全ては努力でつかみ取ってきたものだと思う。
そりゃ疲れてしまうのは当たり前のことで、
しかし人は元々自分はそういう人なんだと捉えるから、
この人はわけがわからない。
という解釈になるのだろう。

元々の自分でいられたらこんなに悩みはしなかったかもしれないが、
死んでいるか諦めているか捕まっているか、
そんな風に思う。

元々人間が与えられているものがなかった。
それを自分で作り上げてきた。
そういう歴史だと思う。
みな人それぞれにそのような物は持っているのだとは思うが、
自分にとってはきつかった。
よくまだ生きているなあと思う。


知的、情緒、その他障害をもつ人にスッと好かれるのはそちら側の性質も持ち合わせているからかもしれない。
また、赤ちゃん、幼児などにスッとなつかれるのもそのようなある意味「弱者」と同じ性質を持っているからなのかもしれない。

つまり「お前」は仲間だと、
そのように感じるのかもしれないな。

その位のコンプレックスを抱えながら社会生活をまともに送っていると疲れ切ってしまったのもよくわかる気がする。

ダメになったっていいじゃないですか。
元々ダメだったんですから。

つながりを考えれば今まともに生きているのはすさまじい。
ほんとそんなことを思う。
おそらく親でもわからないだろうな。
自分というものを主観的に見ると本当にすさまじい。

と思うのだがどうだろうか。
過去の自分。
そして未来の自分よ。

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ウツ抜け
ウツ抜け
という漫画を買ってきた
いろんな人たちの症例パターンを読んだ

自分の傾向として
夜が長くなるとダメ
寒いとダメ
日直のターンが来るとダメ

認知の歪み
妄想がひどい


なんてことがあるわけだけども、
書かれてることを少しやってみようかと思います

天気
気温
気圧を手帳に書いて傾向を客観的に見ようかと思います

とにかく元に戻した方がいいのかもしれないなぁ

うつ病 comments(0)
許す
頭がおかしいのも少しずつ抜けつつある
しかし、いつ呼び出されてもおかしくないな
また色々と聞かれて色々面倒になるかも

ほんと難しい
もっと流せたり大人になれたりすればいいんだけども難しいね
なんのためにやってるのかとか思うあたりがまだまだ子供なんだろうけどな
そんなことを思う

大人になりたい

感情がなければいいのだがそんなことはない

まあ怒れるだけ力が戻ってきたことだと思うが小さいことで嫌な気持ちになる

そうやって学んでいくのだろうな
色々と


合う合わないがある
接しなければいいがそうもいかない

本で読んだが、
偉くなれば人を選べる
逆に言うと人を選ぶために偉くなる


今日聞いた話だがどうやら行けなくなった先生がいるということだ
ちょうどそういう時期なのかもしれないね

自分の思い通りにしようとするから怒りが出る
別に思い通りにならなくてもどうってことないのにね

そして何故かいつも弱い立場になる

そういう風な行動パターンになってるのだな


人を悪く言って喜んでるのはなんでなんだろう
全部が全部そうではないけれども、
そういう人は何を考えて生きてるんだろうか

何も考えてないんだろうな
その時楽しければ楽できれば面白ければいいんだろうか

人生は不公平とはよく言ったもので、
結局ここから何を学んだらいいのだろうか


なんてことも思う

自分を許す
周りを許す

それができなくてもそれができない自分も許すこと


うつ病 comments(0)
おかしい
頭がおかしい

頭ではわかってるのだが心が追いついていかない
ほんとに人間的だなあと思う
こんな時言葉は役に立たない
外から見たらどうでもいいことなんだろうけどもね

宇宙から見たらどうでもいいことで、
そこまでいかなくても外から見たら何を言ってんのかな?ってことです

どうでもいい
そんな中で悩んでる自分はもっとどうでもいい

機械の歯車のように思考停止すればなんでもないことなんだろうけどもそれもできない

愚かだなぁ


と思う


なんで他の人のように生きられないのか
そんなことも思う


世の中を見ればもっときつい人もたくさんいるのになとも思う

もっと適当に
もっと気軽に

そんなことも思うが



こうして生きられてることだけでも感謝しないとな

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