人生スローカーブ(*´∀`*)ノ

水のように生きていたいものです。
スタバ
到着時刻を1時間間違えた

急いだのはなんだったんだろうとか思いながらも、
空いた1時間を楽しむことにする


久々のスタバ
元カノがスタバ店員じゃなかったらこんなに気軽にスタバには入ってなかったと思う

ほうじ茶ティーラテ全部ミルクで


甘くて美味しい
しかも優しい甘さ

こうしてカスタムオーダーできるのも教えてくれたから


久しぶりに入った
ほんと


店員さんは変わらず笑顔だ

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幸せ論
まぁ何が幸せなのかと(´・ω・`)
こんなこと考えるときは大抵ろくでもない頭の時で、
ふと気がつくエアポケット

何かを手に入れようとする限り永遠に幸せにはなれない

お金、物、そんなものをいくら手に入れても幸せは感じられない

結局人と人との繋がりの中でしか幸せは感じられないし、
それは頑張ったからといって手に入るものではなく、
気がついたら自然と周りにあるもの

そして人と比べることができないもの


同じ条件の人が2人いるとしても、
一方は幸せ、片方は不幸せ

そんなもの

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思い出す
10ccのI'm not in love

オープンアームズとか、色々


そういうのが聴きたくなる


今日は1日中J-WAVEを聞いていた

後は掃除とか今更ながら衣替えとかトイレ掃除とか諸々
生協のお弁当がうまいことに今更ながら気づく
ご飯がおいしい


雨続きのせいか具合が悪い
調子が悪い
人と会いたくないし話したくない


iPhoneは1日中おやすみモード
着信が鳴らない


10年くらい前は、いや、もっと前はケータイが1日中鳴らなくてそれが辛かったっけ

今は鳴ってほしくない


お金も友人もいない時代があった
それを振り返るわけでもないが何故かいつもあの公園に行きたくなる

なにもなかったあの頃を思い出したくて


バンプの曲じゃないけれど、
何かの作品じゃないけれど、
今は会いたくなくても人が周りにいる贅沢

あの頃はなにもなかったのになぁ

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カブ号

久しぶりにスーパーカブが国産になるということを聞いた。

ライトのデザインも元の丸型に戻るという。

色も昔乗っていた色があり、とても気に入った。

またあのカブ号でトコトコとゆっくり走りたいと思った。

 

夜が長い。

久しぶりに本を読みたくなる。

と言っても本は

JUGEMテーマ:日記・一般

いつも読んでいるんだけど、

久しぶりにまた心理学の本をつまみに布団に入ろうかな。


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孤独になれば、道は開ける
特に何も変わったわけではない
ただ疲れ果てただけだ
あまり眠れなかったのもあるだろうけども

気分転換をはかりたかったが、
そんな気力もなく、
家にいる

いつの間にか寝ていた

無理やり起き上がってシャワーを浴びて、
洗濯物を干してまた洗濯機を回す

茶碗も溜まっている
これから洗わないと朝の食器がない


それでも1人でいられる自由を噛み締めている方がいいと思う


同じ本を2冊買ってしまっていた
発売日当日に2冊とも届く

思わず苦笑い

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こんなものとは思いたくない。
怒涛の一週間が過ぎた。
とは言ってもまた怒涛の一週間が始まる。
いったいいつまでこの日々が続くのだろうと思うのだが、
同じようにやっていればいつまでたっても同じような日々が続くのだと思う。
それに慣れるのか慣れないのか。
慣れてしまえばそれが日常になる。
いつの間にやら慣れてしまいそれが日常になる人が多いのだろう。
そうなってはいけないと自分は思っている。

「鈍さになれるな」

そんな言葉を知る。

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おっさん
日本中のおっさんが働かなかったらどうなるのだろう?
ジムの風呂でおっさんを見ながら
そんなことを考えた
自分も十分おっさんなのだけども

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積み重ね
話をしていて

自分はうつ病になる前とうつ病になった後では若干人間が変わったような気がする


本を読んだ
音声を聞いた
それが今の自分を形作っていることに気がついた
自分が話すことが自然と口に出ることが今まで学んできた本や音声の言葉から出てきている


できることをすること
最悪の状況を受け入れること
そして今できることをすること
悩みのほとんどは妄想にすぎず、
そのほとんどは起こらないし、
100%今まだ起きていないことだから、
何をすればいいのかわかれば後は実行するだけだ


しかし悩みの渦中にいる時はそんなことなんて役に立たなくて、
自分の作りだした妄想が全てのように感じられて、
どうにもならなくなる
とにかく逃げたい
とにかく抜け出したい
とにかく答えがほしい
それだけになる

そういう時は掃除をする
そのうちに少しずつ違った考えが浮かぶ
自分の場合はそういうことが多い
おそらく、自分にとってできることは掃除なのだと思う
掃除をしているうちに、
そのうち何をやればいいのか少しずつわかってくる
それでも怖くて怖くて仕方がない
それでもできることをちょっとだけやる
そうすると少しずつ怖くなくなってくる

慣性の法則
動かすまではずっと留まっている
動き出せばそのまま動き続けようとする

摩擦力は、
動かすときに一番邪魔をする
一度少しだけでも動くことができれば摩擦力は軽減する
そういうことなのかなあと思う

今日も起きてから
少しだけ怖かったが、
少しだけ動くことで気持ちが楽になった。

そういうことの積み重ねなのだと思う。

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色々な人
久しぶりにたくさんの人と会ったが、
まぁ色々な人がいる。
その中でも本当に優しい人もいるし、
そうでもない人と、
嫌な人もいる。

自分の子ども時代を考えても、
全員と仲良くできたわけでもないし、
むしろ嫌な人も多くて、
それが大人になったからといって全員と仲良くなれるわけでもない。
大人だから、
仕事だから仕方なく付き合う人もいるし、
そうでなくても優しいなあって思える人もいる。

人を悪く言わない優しい人が好きだ。

そりゃみんなそうだと思う。
でも、そういう人たちに優しくされたり、
一緒に飲みに行こうって誘われたり、
そんな風にされるとやはりうれしい。

逆に、
普通にしていても傷つけてきたり、
何故か嫌われたり、
そういうこともある。


今日は、
優しい人、
普通の人、
苦手な人。
そういうのがよくわかった。

ちなみに同じ職種の人よりもその他の職種の人と仲良くなることが多い。
私は先生だけれども、
本当に先生っぽい先生ではないのかもしれないな。
そんな風に思う。

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ドクターG
今日のドクターGをたまたま見た。
心臓内膜症からの脳梗塞発症。
見ていて脳梗塞やだなあと思っていた。
でもそれだけでは終わらなかった。

実は私は大腸に憩室炎ができて入院したことがある。
その時は盲腸なのか、憩室炎なのか判断できないということだったが。
その時は手術をしないで点滴で散らす方法を取った。


実はその後2回盲腸と診断されている。
その2回はレントゲンだかCTだかMRIだかで撮った写真を見せられ、
立派な盲腸ですよ
と言われている。
その時も点滴と薬で散らした。

手術すればいいのだが、
私の信念として体に傷をつけるのが嫌なのだ。
とは言っても、
今は5ミリ位の傷をつけてそこから腹腔鏡というやつでただ切るだけらしい。
「3日程入院すれば退院できるから今すぐ入院して手術しましょう。」
と言われたが固辞し、
「この位の大きさの腫れになっていると薬が効くかどうかわからないよ。」
と言われても手術は拒否して治療した。
なので今でも自分の腹の中には大腸がある。
それがたまに疼く。

疼くときは、
ストレスが溜まった時
便秘がちな時
食生活が乱れた時
運動不足

結構な割合である。
だいたい盲腸のあたりに違和感がある時は機能性ヨーグルトを食べ、
消化に優しいものを食べ、
できるだけトイレへ。
後は体を動かす。

実は鬱になってから、
ヨーグルトとバナナがいいと言われて、
朝食はずっとそれとパンなのだが、
ヨーグルトはプレーンの大きめの箱の物を買って、
数日に分けて使っていた。
その時はしょっちゅう盲腸なのか憩室炎なのかわからないけどお腹の右下が疼く。
少し痛くなったりすると、これはもう大変だということになり、
なんとかしようとする。
しかし、なんともならなくなって病院へ行くと、
「盲腸の可能性があるから検査のできる病院へ紹介状を書くから今すぐ行ってくれ」
と言われたのが2回あるということだ。

それで、機能性ヨーグルトが出始めたあたりだったので、
プレーンヨーグルトより値は張るが、
プレーンの替わりに機能性ヨーグルトを食べるようになった(具体的にはLG21)。
そうしたところ、痛みになる回数は減り、
よっぽどのストレスがかかった時に飲みお腹が疼くようになった。
疼くようになると、LG21の他にR−1を食べる。
それで体に気を付けるようにすると大抵は収まり、疼きはなくなる。
1日それぞれ1個ずつ食べると、
やたらとおならが出るようになり、
便も良く出るようになる。
その結果盲腸だったり、大腸の憩室(腸内の内壁のくぼみ)にたまったものが排出され治っていくようだ。

実はここ数日間疼いているので、
またヨーグルト療法をしているところだったりする。

前置きが長くなったが、
ドクターGの話。
憩室炎の持病がある時は心臓、血管、血液に関する手術の際に気を付けることが出てくるというのだ。
憩室炎なんてすっかり忘れていて、
盲腸も憩室炎も結局起こるメカニズムは同じで、
便などが溜まって炎症を起こす。
それを図で見て説明された時に、
あー、これは盲腸を取ってもまた起こるかもしれないなって思ったのと、
もし心臓関係の病気や脳関係の病気になった時など、
人工心肺をつけることになったら、
これは医師に伝えておかなければならないんだということ。

見ておいて良かったと思う。
また、実際の手術の映像や画像を見ながら説明していただいたので、
すごくわかりやすかったし、
とても難しいことをしていることが具体的にわかった。

医師とは常に医師であり続けなければ技術を維持どころか技術向上なんてできないだろうし、
それを自分の仕事にあてはめて考えた時に、
こんなに専門的な知識を持って保護者に説明できるだろうか。
子どもに教育を施せるのだろうか。
自分は教師をやるには未熟者ではないのか。
そんな風に思った。

ただなんだかよくわからない自分の感性やら、
なんとなくある指導法とか、
そんなものだけで子どもに教育をするなんて医師であったら失格だろう。
と考えると教師を続けてきた自分はもう教壇に立つ資格はないのではないだろうか
なんて思ったりもする。

問題は自分が仕事に行き詰まってること。
というか、色々な場合がありすぎて結局は自分がいいと思う教育活動しかできないということ。
病気のようにこの薬とか治療法とかが確立されている世界ではない。
色々な指導法はあるが、それがどの位の効果があり、どの程度通用するのか。
最近その壁にぶち当たっている。

体育や、算数など、目に見えて解決する、技能が向上する教科であればまだしも、
生活全般が教育活動なわけで、
さらにどうなったらいいのかというゴールが決まっているわけではない。

病気ならば完治すればいいのだろうが、
人間というのはどうなったらゴールなのか、
結局一人ひとり違う。

20代の頃は「こうあるべき」を掲げてやってきたこともあるが、
この歳になると、
子ども一人ひとりにとって何が大切なのかを考えて接することが大前提で、
実はそれをやると時間も気力も体力もいくらあっても足りない。
言わばオーダーメードになるから。
30人いれば30通り分の指導がある。

それは新卒の時から上に言われたことで、
一人ひとりに合わせるのはいいけど、
それじゃあ先生が持たないよ
と言われていたが、子ども一人ひとりは違うので、
大枠では同じことでもよいが、
最終的には子どもの特性に合わせて接することになる。
自分は特に何の資格があるわけでもなく、
目に見える実績もない。
本来ならばそういうものがあるはずの年齢なんだよな。
そんなことを考えると自分が教師でいる資格があるのか。
そんなことを思った。

医師が治療活動するにしても、
一人ひとり違っていると思うので、
それに合わせて治療しているのだと思う。
教育の世界ではまだその部分が発展途上だと思う。
もしかしたら既にあるのかもしれないが、
私が知らないだけなのだろうか。


いい刺激になった番組だった。
いい加減液晶テレビとレコーダー買おうかな。
見たい番組を予約して、時間を作って見たいと思った。

JUGEMテーマ:学問・学校


 

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