人生スローカーブ(*´∀`*)ノ

水のように生きていたいものです。
こんなものとは思いたくない。
怒涛の一週間が過ぎた。
とは言ってもまた怒涛の一週間が始まる。
いったいいつまでこの日々が続くのだろうと思うのだが、
同じようにやっていればいつまでたっても同じような日々が続くのだと思う。
それに慣れるのか慣れないのか。
慣れてしまえばそれが日常になる。
いつの間にやら慣れてしまいそれが日常になる人が多いのだろう。
そうなってはいけないと自分は思っている。

「鈍さになれるな」

そんな言葉を知る。

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おっさん
日本中のおっさんが働かなかったらどうなるのだろう?
ジムの風呂でおっさんを見ながら
そんなことを考えた
自分も十分おっさんなのだけども

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積み重ね
話をしていて

自分はうつ病になる前とうつ病になった後では若干人間が変わったような気がする


本を読んだ
音声を聞いた
それが今の自分を形作っていることに気がついた
自分が話すことが自然と口に出ることが今まで学んできた本や音声の言葉から出てきている


できることをすること
最悪の状況を受け入れること
そして今できることをすること
悩みのほとんどは妄想にすぎず、
そのほとんどは起こらないし、
100%今まだ起きていないことだから、
何をすればいいのかわかれば後は実行するだけだ


しかし悩みの渦中にいる時はそんなことなんて役に立たなくて、
自分の作りだした妄想が全てのように感じられて、
どうにもならなくなる
とにかく逃げたい
とにかく抜け出したい
とにかく答えがほしい
それだけになる

そういう時は掃除をする
そのうちに少しずつ違った考えが浮かぶ
自分の場合はそういうことが多い
おそらく、自分にとってできることは掃除なのだと思う
掃除をしているうちに、
そのうち何をやればいいのか少しずつわかってくる
それでも怖くて怖くて仕方がない
それでもできることをちょっとだけやる
そうすると少しずつ怖くなくなってくる

慣性の法則
動かすまではずっと留まっている
動き出せばそのまま動き続けようとする

摩擦力は、
動かすときに一番邪魔をする
一度少しだけでも動くことができれば摩擦力は軽減する
そういうことなのかなあと思う

今日も起きてから
少しだけ怖かったが、
少しだけ動くことで気持ちが楽になった。

そういうことの積み重ねなのだと思う。

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色々な人
久しぶりにたくさんの人と会ったが、
まぁ色々な人がいる。
その中でも本当に優しい人もいるし、
そうでもない人と、
嫌な人もいる。

自分の子ども時代を考えても、
全員と仲良くできたわけでもないし、
むしろ嫌な人も多くて、
それが大人になったからといって全員と仲良くなれるわけでもない。
大人だから、
仕事だから仕方なく付き合う人もいるし、
そうでなくても優しいなあって思える人もいる。

人を悪く言わない優しい人が好きだ。

そりゃみんなそうだと思う。
でも、そういう人たちに優しくされたり、
一緒に飲みに行こうって誘われたり、
そんな風にされるとやはりうれしい。

逆に、
普通にしていても傷つけてきたり、
何故か嫌われたり、
そういうこともある。


今日は、
優しい人、
普通の人、
苦手な人。
そういうのがよくわかった。

ちなみに同じ職種の人よりもその他の職種の人と仲良くなることが多い。
私は先生だけれども、
本当に先生っぽい先生ではないのかもしれないな。
そんな風に思う。

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ドクターG
今日のドクターGをたまたま見た。
心臓内膜症からの脳梗塞発症。
見ていて脳梗塞やだなあと思っていた。
でもそれだけでは終わらなかった。

実は私は大腸に憩室炎ができて入院したことがある。
その時は盲腸なのか、憩室炎なのか判断できないということだったが。
その時は手術をしないで点滴で散らす方法を取った。


実はその後2回盲腸と診断されている。
その2回はレントゲンだかCTだかMRIだかで撮った写真を見せられ、
立派な盲腸ですよ
と言われている。
その時も点滴と薬で散らした。

手術すればいいのだが、
私の信念として体に傷をつけるのが嫌なのだ。
とは言っても、
今は5ミリ位の傷をつけてそこから腹腔鏡というやつでただ切るだけらしい。
「3日程入院すれば退院できるから今すぐ入院して手術しましょう。」
と言われたが固辞し、
「この位の大きさの腫れになっていると薬が効くかどうかわからないよ。」
と言われても手術は拒否して治療した。
なので今でも自分の腹の中には大腸がある。
それがたまに疼く。

疼くときは、
ストレスが溜まった時
便秘がちな時
食生活が乱れた時
運動不足

結構な割合である。
だいたい盲腸のあたりに違和感がある時は機能性ヨーグルトを食べ、
消化に優しいものを食べ、
できるだけトイレへ。
後は体を動かす。

実は鬱になってから、
ヨーグルトとバナナがいいと言われて、
朝食はずっとそれとパンなのだが、
ヨーグルトはプレーンの大きめの箱の物を買って、
数日に分けて使っていた。
その時はしょっちゅう盲腸なのか憩室炎なのかわからないけどお腹の右下が疼く。
少し痛くなったりすると、これはもう大変だということになり、
なんとかしようとする。
しかし、なんともならなくなって病院へ行くと、
「盲腸の可能性があるから検査のできる病院へ紹介状を書くから今すぐ行ってくれ」
と言われたのが2回あるということだ。

それで、機能性ヨーグルトが出始めたあたりだったので、
プレーンヨーグルトより値は張るが、
プレーンの替わりに機能性ヨーグルトを食べるようになった(具体的にはLG21)。
そうしたところ、痛みになる回数は減り、
よっぽどのストレスがかかった時に飲みお腹が疼くようになった。
疼くようになると、LG21の他にR−1を食べる。
それで体に気を付けるようにすると大抵は収まり、疼きはなくなる。
1日それぞれ1個ずつ食べると、
やたらとおならが出るようになり、
便も良く出るようになる。
その結果盲腸だったり、大腸の憩室(腸内の内壁のくぼみ)にたまったものが排出され治っていくようだ。

実はここ数日間疼いているので、
またヨーグルト療法をしているところだったりする。

前置きが長くなったが、
ドクターGの話。
憩室炎の持病がある時は心臓、血管、血液に関する手術の際に気を付けることが出てくるというのだ。
憩室炎なんてすっかり忘れていて、
盲腸も憩室炎も結局起こるメカニズムは同じで、
便などが溜まって炎症を起こす。
それを図で見て説明された時に、
あー、これは盲腸を取ってもまた起こるかもしれないなって思ったのと、
もし心臓関係の病気や脳関係の病気になった時など、
人工心肺をつけることになったら、
これは医師に伝えておかなければならないんだということ。

見ておいて良かったと思う。
また、実際の手術の映像や画像を見ながら説明していただいたので、
すごくわかりやすかったし、
とても難しいことをしていることが具体的にわかった。

医師とは常に医師であり続けなければ技術を維持どころか技術向上なんてできないだろうし、
それを自分の仕事にあてはめて考えた時に、
こんなに専門的な知識を持って保護者に説明できるだろうか。
子どもに教育を施せるのだろうか。
自分は教師をやるには未熟者ではないのか。
そんな風に思った。

ただなんだかよくわからない自分の感性やら、
なんとなくある指導法とか、
そんなものだけで子どもに教育をするなんて医師であったら失格だろう。
と考えると教師を続けてきた自分はもう教壇に立つ資格はないのではないだろうか
なんて思ったりもする。

問題は自分が仕事に行き詰まってること。
というか、色々な場合がありすぎて結局は自分がいいと思う教育活動しかできないということ。
病気のようにこの薬とか治療法とかが確立されている世界ではない。
色々な指導法はあるが、それがどの位の効果があり、どの程度通用するのか。
最近その壁にぶち当たっている。

体育や、算数など、目に見えて解決する、技能が向上する教科であればまだしも、
生活全般が教育活動なわけで、
さらにどうなったらいいのかというゴールが決まっているわけではない。

病気ならば完治すればいいのだろうが、
人間というのはどうなったらゴールなのか、
結局一人ひとり違う。

20代の頃は「こうあるべき」を掲げてやってきたこともあるが、
この歳になると、
子ども一人ひとりにとって何が大切なのかを考えて接することが大前提で、
実はそれをやると時間も気力も体力もいくらあっても足りない。
言わばオーダーメードになるから。
30人いれば30通り分の指導がある。

それは新卒の時から上に言われたことで、
一人ひとりに合わせるのはいいけど、
それじゃあ先生が持たないよ
と言われていたが、子ども一人ひとりは違うので、
大枠では同じことでもよいが、
最終的には子どもの特性に合わせて接することになる。
自分は特に何の資格があるわけでもなく、
目に見える実績もない。
本来ならばそういうものがあるはずの年齢なんだよな。
そんなことを考えると自分が教師でいる資格があるのか。
そんなことを思った。

医師が治療活動するにしても、
一人ひとり違っていると思うので、
それに合わせて治療しているのだと思う。
教育の世界ではまだその部分が発展途上だと思う。
もしかしたら既にあるのかもしれないが、
私が知らないだけなのだろうか。


いい刺激になった番組だった。
いい加減液晶テレビとレコーダー買おうかな。
見たい番組を予約して、時間を作って見たいと思った。

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外から見ると
リタリンが落ちてた

そのくらい辛いんだろう(´・ω・`)



外の世界に行く
車で街を走る


この世は労働で成り立っている

店に立っているのは
ほとんどが自分よりも若い人で
お客さんは店員たちよりも大抵若い

そりゃそうか
平日の昼間に買い物に来てるのは大抵は仕事をしてないか休みだもんな

平日の6時以降になると、
仕事帰りの大人たちが来ている

相変わらず相手をするのは若者たち

ほとんどがアルバイトかそれに近い人たちだと思う


景気が回復したと言われてるのはこの方たちのおかげだと思う



若者から夢を奪うな

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腐ると思ったので
仕事をちゃんとやったり
ジムに行ったり
買い物行ったりクリーニング行ったり本屋に行ったりなんだり


動かないと腐る

しかし今まで毎日こういうことを週5日やってたなぁと思う

ほんとは間違えて前の住処の近くのコンビニ受け取りにしてしまったものまで取りに行こうとしたけどさすがに疲れたのでやめた



魔が…

こんなこと言うと嫌がる人もいるだろうけど、
魔が来てる

と思った

後は運の使い過ぎか…


今までの貯金が使われている…


ほんと危ないな
って思ったことがここ数日くらいで数回あった

運が良かったのでなんにも起きなかったけども…

後は何かタイミングが合わなかったり

変な波動が自分から出てるなと思い
結局楽になると余計なものが出るんだなと思った

楽しくて充実してるのと楽なことは違う

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時間の使い方
暇だ

あれほど望んでいた暇だ


結論から言うとバカになる
人と話さない、刺激がない、情報量が少ないと頭を使わないからバカになる
付け加えて今日はジムがお休みなので体も動かせない


頭がモヤっとして、やたらに訳のわからない事ばかり考える



退職して毎日がこうなってしまったら
ニートになったら
仕事を辞めてゆっくり休んだら


どんどんバカになる気がするのぉ(´・ω・`)


暇だから今までやろうとしてできていなかったことをやる気にもならない
というかやってみてもこれがまた面白くないんだわ(´・ω・`)

暇だと活動量が下がって何もしない
忙しいと活動量が上がるとともにやりたいことだらけになる

ということがわかった


とにかく無理矢理にでも午後からは予定ややることを詰めてやってみた
自転車も漕いでみた

少しはマシになったような気がする


なんだかんだ言っても、人と関わり体を動かし気も使いストレスも感じるこの仕事をしてた方が心身ともに健康でいられるのではないかと逆説的に思った

しかし、始まると辞めたくなるんだけどなぁ〜(´・ω・`)


自分で自分の時間を区分しないとボケるなこりゃきっと(´・ω・`)

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「自然の摂理」
まぁ朝までもやもや
大人げないが籠る

「話が通じない人の心理」とか読む。


まぁ結局なんとかなりそうなもので、
大人げないが仕方がない


夏休みはのんびり
というか、8月から旅行に出るので実は日があまりないな(´・ω・`)

これがラストか
それとも来年もやるのか
それとも今年中にまたやるのか

色々な道がある

久しぶりに会った子どもたちはかわいかった
と言ってもまだ離れてから1週間位なのだがね

毎日一緒にいるとわからないけれど、
たまに見ると本当に小さい
幼い
そんな印象を持つ
そしてかわいい


40人学級じゃなくて、
20人学級ならばもっと細かくみられるのだが
と思ったりする


本当に色々な道がある
‖海韻
⊆めて違う職種につく
辞めて他の学校へ行く
ぜめて帰る
ゼめて帰って臨時をする
辞めて帰って違う職種につく
Г修梁


誕生日の夜は時間があった
だから音声を聞いたり本を読んだりテレビを見たり寝たりなんだり


1つ変わったことは動くようになったことかな
特にこっちに来てからは
昔は動けなかったなぁ

こっちに来てからは水が合うのかよく動く
家にいることが少ない
平日も最近はジムに行くから家事と眠るだけ
土日は大抵車で遠くへ行っている
家にいることが少ない
本は相変わらず買うけれどもちょこっと読んで積んである本が多い
それよりもネットで音声を聞きながら何かをやったり、
運転していることが多い
読まなきゃなあと思って手を付けてない本がおそらく50冊以上あって、
もう一度読み直したいと思う本は200冊位あって、
読んどいた方がいいなあと思う本ももっとあって

ちょっとした書庫のようになっている

多くの本を読む中で
結局は「自然の摂理」という五文字に落ち着く気がする

無理しない自分らしく後は大きな力に任せる

それに尽きると思う


自分に何故子どもが懐くのかわかった気がする
「きょうせい」しないから

強制、矯正
どちらもしないからだと思う
自然のままありのままにさせるからだと思う
だから子ども自身のままでいられる
後は攻撃しないからだろうな
身の危険を感じないのだと思う

伸びたい方へ伸びたらいいよ
そんな風に感じるのだろう
ただし人を傷つけたら許しません

集団であれば身の危険を感じない中でありのままでいられるのだから心地いいのだろう

面白いのは10歳を過ぎると魔法が解けるということ

それは本当に不思議なもので、
シングルエイジにはそれはそれは懐かれるのだが、
ティーンになるとそうではなくなる
そこが面白いところ

昔からそう
気がついた時からそう


おそらく自分自身が枠にはまりたくない人間で、
自由なんだと思う
小さい頃は自分が感じたものが世界の全て
それが大きくなるに従って柵(しがらみ)が出てくる

色々な細かいルール
感情の分化
どんどんきめ細かくなる

幼い時はシンプル
嫌な時は泣く
楽しい時は笑う

複雑じゃない

自分のことを理解してくれる「大人」は私のことを細かく繊細に色々な方向から人間を見る
と言うが、
結局のところシンプルなのが一番だと思うし、
「自然の摂理」だと思う

難しいことを極限まで単純化すれば答えは1つになる

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親のこと
どうやら誕生日らしい
0時ちょうどにメッセージをくれた人ありがとう〜

とはいうものの本人は、出張から帰ってきて寝てて、23時ごろ目が覚めて、布団の上でウダウダしてました
メッセージがきて、目が覚めたと



実は学校には4日行ってないのですでに学校のことは忘れました

だからといって遊んでたわけではなく、色々と所用が

としても同僚からしたら遊んでたか休んでたかくらいにしか思われないでしょうがね(´・ω・`)

土日は地元で試験
金曜は免許の更新など
今日は午後から出張

後輩から
明日指導案検討でしたね
と言われても何もやってないんすけど、ね…


そして誕生日
歳を経るごとに特に何も思わなくなってきたが、
さっきふと思ったのは親からしたら子供の誕生日ってどんな日なのかということ
特に母親

子供の時は自分の誕生日=お祝いの日
って感じだったけども、
母親からしたらお腹を痛めた日であって、
自分の誕生日よりも子供の誕生日の方が思いが強いのではないかなあと思った

その日になれば産んだ日のことを思い出す気がする
その日だけはその日に戻ると思う


自分は親でもないし、
しかも男だから母親の痛みはわからない
それでも子供の誕生日だけは死んでも忘れられない日ではないかと思うし、
その日だけは産んだ子供のことを思い出すのではないかと思う

そんな自分は親元から離れてこんな歳まで1人でいるわけだが、
親からしたらどう思うのか


親のことを考えればさっさと結婚して孫の顔でも見せろ
とか思うのかなと昔は思っていたが、
今ではどんな形であれ幸せに生きてさえくれればいいのかなと思う

とにかく親は子供のことをいつまでも心配だと思うから

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