人生スローカーブ(*´∀`*)ノ

水のように生きていたいものです。
色々ある

色々ありすぎて何が普通なのかわからなくなる。
各方面からの電話。
とにかく放課後は電話がうまっている。
朝も鳴りやまない電話。

色々ある。
直接自分には関係がないが、
もはや個人レベルでは対応できないと思う。
前にも書いたけど人が足りない。


対処療法ではどうにもならない。
根底から正さなければどうにもならない。
そう思う。


世の中を取り巻く環境に学校も巻き込まれ、
学校へのクレームを通り越して直接的に子供に何かがある。

以前は子供がどうにもならないと学校にクレームがあがってきたものだが、
今では家庭内で直接的のような気がする。
家庭で収まらなければ多方面にお世話になる。
学校でも対応するが学校の範疇を超える。

そんなことが多々ある。

うちの学校だけがそうなのかそうではないのかわからないが、
おかしいという感覚が麻痺してくる。

そんな気がする。


ともかく余裕がない。
学校だけでなく教育委員会やその他の機関も余裕がない。
その余波が子供であったり、
家族に及ぶ。

教育はもはや学校だけでは語れない。
国に余裕がないんだ。

というか、
国そのものが人不足だ。
人手はあるが、
人材の不足。


街を歩けばどの店にも求人募集が貼ってある。
久しぶりに行ったなじみのラーメン屋さんの店員の半分が外国人になっていた。

コンビニの店員が外国人なのは当たり前だし、
飲食店も当たり前。

日本人はどこで働いているのか。
不思議になる。

そもそもなんでこんなに働き手が不足しているのか。
どこへ行っても求人募集が貼ってあるのか。

求人サイトを見ても、
急募急募の文字。

なぜこんなに余裕がなくなってしまったのか。
お金はどこへ行ったのか。


いや、
どこに行ったのかはなんとなくわかるが。


必要な知識をもって、
大切な知恵を使って、
自分の頭で考えて。


そんなことをしていかないと苦しくなる。

と思った。


1億総活躍とか言ってたのはなんだったのだろうか。
思い切って色々なことを半分くらいなくせばいいのではないのか。

労働者人口が減ればGDPが減るのは自然の摂理。
それを常に上昇していますというのをそのまま信じてもいいものなのか。
総所得は上がってます。
物価はもっと上がってます。
イザナギ景気を超えました。

さて、
その好景気で儲かったお金はどこへ行ったのでしょうか。


あまりにも便利にしすぎた。
あまりにもお客さんになりすぎた。
あまりにも自分の頭で考えなくなった。

若者がお金を使わないのは頭がいいから。

だと思うのだが。

高齢者がお金を貯めこむのと同じ心理だと思うが。


お金そのものに価値があるというのは幻想。
神の手の匙加減で如何様にも価値は変わる。

農地改革、戦後のインフレでどうなったのか忘れたのか。

明治維新でどうなったのかもはや覚えている人もいないし、
記録を調べた人も少ないだろうし。
知っている人も少ないだろうし。


賢い人は「お金」を国内には留めてはいないと思う。


話がだいぶずれましたが、
世の中の移り変わりがとても早いのでついていけません。
というか、
ついていくのをやめたくなります。

とりあえず、
生きていけるようにはしていきたいと思います。

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定期的に
うつ状態になるわけだが、
なんとか休まないで行っている。
ほんとは時間休とか取りたいが取れないのでそのままに。
土曜授業があり、
午後も補習があり、
今日は1日休み。
他の人も休みたいのはわかるが自分も休みたい。

今年になってからは気疲れが多い。
もう誰も守ってくれないので自分で自分を守るしかないが、
それももう疲れた。

とりあえずトップが戻ってきてほしい。
そうしないでも学校というのはちゃんと回るのはわかったが、
どうもやりづらい。


担任業をやっている方が辛いとは思うのだが、
これはこれで辛い。
担任業をやっている時はこの時期はもはや落ち着いていて、
特に何をするわけでもなく過ごせるのだが、
こちらになっては1年間同じペースだ。
それも長くやって行けば楽にはなっていくのだろうけど。

一応頭に4年分の学習内容は入っているので特に教材研究を余分にするとかそういうことはしなくて済む。

パターンも一応構築してあるので、
特に困ることもない。
困るのは学校運営。

というか、
面白くない。

面白くないことをこのままずっと続けるよりも、
面白いことをした方がいいかなって思ってる。

ここ最近は寝ていることが多い。
肉体的な疲れではなく、
精神的な疲れ。

どこにも行かないから色々なところに行っていた時よりもお金は溜まる。


明日休みたいのぉ(´・ω・`)

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年内にやっておくもの
年賀状が終わった。
後は2学期が終了するだけ。
2学期。
特に最後は色々とあった。
いや、
まだ終わってないものもある。
自分に関係するのは10年研修の研修論文のみ。
それも明日で終わらせるつもり。
学校関係のものも明日明後日で終わらせるつもり。
とにかく疲れた。

後はこの間書いたブログのものだけ。
自分の意志は表明したものの、
その後自分の扱いがどうなるのかはわからない。
とばされるかもしれないし、
どうなるのかはわからない。
撤回して受けることもできるが、
どうしてもそんな気にならない。
もうなるようになるとしか思えない。
自分には関係のないことで振り回されるのはたくさんだと感じる。
いや、
昔自分がやったことがブーメランになって返ってきてると思って、
受けた方がいいとも思っている。
ここで受けなければもっと大きなブーメランで返ってくるような気もするから。

でも自分から受ける気にはならない。
明日、
もしかしたらもう一度呼ばれて頼まれるかもしれない。
その時自分がどう思うかで判断したい。


とりあえず明日で終わる。
今年は伸びたけど疲れた。
自分のことだけではなく、
周りのことも関係なくやってきて、
それの後始末が多くなってきた。

別に自分はそんな立場ではない。
しかしそういうことにもなる。

来るものは来る。
それをどう受け止めるか流すのか。


そんなことを思いながら過ごした連休。
今日はずっと寝ていて、
夜に年賀状を作った。

明日は終業式をやって、
後は自分の仕事をやって、
午後は会議に出て、
研修を受けて、
無事に終わってほしい。
そして明後日年末の処理をして今年は終わりたい。
とにかくゆっくりしたい。

こんなにクリスマス感を感じないクリスマスなんて初めてだと思う。

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五歳児の大人。

久しぶりに同じ日に同じ本を1冊読み切った。
いわゆる「五歳児の大人」という話だが、
昔に買って読んだことがあるが、
また買って読んでみる。

著者がどれくらい親に憎しみをもっていたかということが、
後半からは顕著に書かれている。

この人の本は基本的にこの路線なのだが、
この人はこの人でこうして自分の恨み辛みを晴らさずにはいられずに、
また、
研究を通して自分自身をなんとかしようとしているのだなぁと思う。
それが一生のライフワークになっている。

自分にも近いところがあるので、
この人の本は結構持っているし、
読んでいる。

幼児期の過ごし方というのはとても大事だと思う。
大人になってしまえばどうってことないことでも、
子供時代にとっては大事件であり、
逃げられるものではない。

それを大人になって、
客観的に見て、
許せなかったり、
許せるようになったりしている。

そんなことを思った。
昨日書いた本を送るって話も、
この人の本。

自分は心理学を学ぼうと思った。
でも大学では叶わなかった。
しかし、
こうして今でも心理学系の本をよく読んでいて、
大学で勉強するよりも勉強になっていると感じる。

結局大学では人付き合いの方法を学んだ気がする。
授業ではなく、
部活、バイト、専攻の人たち、
そんな身の回りにいてくれた人たちから様々なことを学んだ気がする。
大学の授業で学んだなぁと思うのは声楽。
ただし、
専門的なところまではいかなかった。
その後、芸大に入り直してプロみたいに活躍している後輩や、
バンド活動をしている後輩もいるし、
探せばそうやって音楽活動をして食べている当時の仲間や先輩たちや後輩たちもいるんだろう。


日曜日。
恩師が指揮をする合唱団の発表があったが、
なんの因果か行けなかった。
行こうと思えば行けたのだが、
積極的に行こうとは思えなかった。
またの機会に。
そして、
本当は話を聞いてもらいたいが、
こんな自分が会いに行っても何を話したらいいのか、
そもそも会う資格があるのかどうなのかもあやしいので、
会いに行けてない。

他にも大学時代にバイトでお世話になった社長とか、
色々な人に会いに行ってはみたいけど、
自分が会いに行ってどうするんだ。
みたいなことを思って、
会いに行けない。


本当は話を聞いてもらいたいが、
怖くて行けない。


もうだいぶ昔のことなわけだが、
つい最近だったような気もする。
それでも自分は歳を取ったし、
あの頃とはだいぶ変わったような気もするし、
変わってないような気もする。

自分は変わってないつもりでも、
その時その時に出会う人によって印象は変わるんだろうなぁと思う。

いつの間にか大人になっていたし、
だからといって中身まで大人にはなりきれていない。
どちらかというと子供のままのような気がしている。

見た目は大人。
中味は子供。
どこかのアニメの逆のような気もする。

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散髪

もう同じ人に切ってもらって9年目。

付き合いも長いのでこちらの仕事も知っている。

そのせいもあってか子育てのこととか、

学校のこととかを聞かせてもらう。

 

実際の保護者の声というのはとてもためになる。

また、子供が、親がどのように感じているのがよくわかる。

そして、

地域が変わればやっていることも違うことがよくわかる。

 

今日聞いたのはなかなかの話で、

それをやられたら担任としては立つ瀬ないだろうなぁと思うことだった。

 

まぁ前から聞いてた話から推測するに、

よく処分も受けずに教壇に立っているなぁとは思うのだけれど。

 

 

本当にいろいろな人がいる。

 

また、

切ってくれている人は数年前に独立したので、

経営の話とかを聞いていても面白い。

自分も独立したいと思うけれど、

どんな形で独立したらいいものやら。

 


でも、

どんな形であれ、

年齢とともに、職層とともに出てくることは変わらないらしいということも知った。

 

こうやって組織に属している以上は組織の中でやっていかなければならないだろうし、

この業界で誰もが知っている

という状態にならなければ独立なんてしてもやっていけないとは思う。

 

条件として

1、著作多数

2、どっかの講師にたくさん呼ばれている

3、勉強している教師なら名前は聞いたことはある

 

このくらいにはならないと無理だろうな

 

まぁ普通に仕事していたら永遠に無理な話で。

 

 

というより、

好きなことをさせてもらってお金までもらってすみません

って言えるようなことをやるのがやっぱり強いよなあと、

今日もラジオを聴いていて思った。

 

「ただ絵が描ければいいんです」

 

こういうシンプルなのが一番強い。

 

自分の場合は

「ただ車が運転できればいいんです」

 

その声に従ってやっていた方が良かったのかもしれない。

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夢を見た
どうやら生まれる前の夢で、
「こういう時はこう感じるんですよ」
「面白かった時はどうしますか?」
「悲しい時はどうしますか?」
みたいなのを、
状況に応じてどうしたらいいのか、
タッチパネルみたいなので問題を解いてた。

それに合格すると人間として生まれてこられるらしい。


そんな夢を見た。


動物が好きだ。
特に小さな動物が。
嘘をつかない。
そもそも言葉がなく、
反応がストレート。
うれしければ喜ぶし、
嫌だと逃げる。
危険だと感じたら逃げる。

そこが、
動物と人間の違いなのかなと思う。

感じ方と行動がアンビバレントなことをするのが人間であり、
そうでないものは人間ではない。
そんな気がするのだが。

言葉がないのがいい。
表情やしぐさで感情を表す。

そういう点で、
まだ感情や言語が未分化な小さな子はダイレクトだと思う。

感情や言語が分化すればするほど複雑化し、
アンビバレントなことができるようになるが、
それが極限まで続くと逆にシンプルになるような気がしている。

何事も中途半端なのが厄介だ。


そういう意味では今の自分は中途半端な時期にいるのだろうし、
今後どうなっていくのかは自分次第なんだと思う。


最近周りと話が噛み合わない。
だからと言って無理やり合わせようとも思わないのだが。

話せる人が数人いればいいのかとも思う。

逆に子供と話が合う。
なんというか、
こころがほかほかしてるというか、
柔らかいので、
接していて楽しい。
子供の方が自罰的で、
素直に反省しやすいというか、
何か失敗しても周りのせいにしない傾向がある。
その時は周りのせいにしているようにしていても、
結局自分が悪かったと素直に認める子が多いと思う。

そういうしなやかな心を持ち続けられなくなってしまうのは細分化していくだからだろうか。
都会よりも地方の方が純朴だというのは、
それだけ刺激が少ないからなのではないだろうかとも考える。

今では「地方」という言葉はなくて、「地域」というようだということを付け加えておこう。



閑話休題。
人脈の総入れ替え。
環境の変化。
そんなものが起きつつあるのかと考えている。
今までの仲間がいなくなり、
新しい仲間がやってくる。
そんな感覚がある。


どこにいても働いている人がいて、
この世は仕事でできていると感じるが、
この人たちのモチベーションはどこから来ているのだろうと思う。

どうやら労働力が足りないのか、
どっかからの圧力なのか、
外国人労働者をたくさん入れようとしてたり、
こちらは単純に労働力が足りないのだろうが、
定年延長やら高齢者雇用だの騒いでいる。

数十年出生率が下がり続けている中で、
単純に生産労働人口は少なくなっていくのは当たり前の話で、
そうすると単純に国力は落ちる。
そこで焦っているのか、
それとも外国人労働者についてはどっかから圧力がかかっているのかわからないが、
どうも焦っているとしか思えないような動きをしているし、
大きな会社のトップが急に抑えられたのも何かあるのかなとか思ったりする。


というよりも、
個で立てるようにしておかないと厳しい時代がやってくる予感がする。

どこに行っても1人で立てるように。

消費税も上がるがその分クーポンだかなんだかで負担減とか、
住宅ローンの控除を延長するだとか色々言っているが、
とにかく国民にカネを使ってもらわなければ経済がまわらない。
ただでさえ経済がまわらないのに外国に吸い取られる。


とにかく円が外国に流れる。
80年代90年代のようにドルが日本に入ってこない。
なんとか国内の需要を増やさなければならない。
国が維持できなくなる。

そのうち円の切り上げとかまた言いだしそうだな。



さて、
最近は「お知らせ」がたくさんやってくるし、
外からこの世を眺めているとしようか。

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我流
我流になっている。
それでもうまくいく。
そう思っているのは自分だけかもしれないが。

毒を吐くのは良くない。
そう思っても吐かないと溜まる。


少なくとも職場では吐きたくないと思っている。
毒の中にはまっている。


人のせいにするのは簡単だろうし、
楽なのだろうと想像する。

昔を考えれば、
全てを自分の責任だと考え、
悩み、
苦しみ、
自分を責めすぎていた時代があった。

どうして自分だけできないのか。
ベテランと比べて落ち込み悩み苦しんでいた時代があった。
20年、30年選手と比べていた1年目。

そんなに簡単にできるはずがないのに、
同じ先生なのだから同じようなクオリティを出さなければならない。
そんなことを毎日考えていた。
どうしたらいいのか。
本の真似雑誌の真似、ネットで探した真似。
色々なものを試した。
それでもうまくいかなかった。
一緒に遊んだしたくさん話もした。
それでもうまくはいかなかった。

少しずつできるようになってきたのは5,6年後だっただろうか。
何年たったか、
などと明確な時期はないが、
なんとなくそんな気がしている。

そんなくだらない努力ともいえないことをしながら時が過ぎる。


自分には何度才能がない。
向いていない。
辞めた方がいい。
そんなことを思ったか計り知れない。

本に使った金額は同世代の先生の中では多い方だと思う。
それでもうまくいかない。
うまくいかない日々の連続であり繰り返しの日々。

それでも子供のせいにしたいとは思わなかったし、
保護者のせい、周りのせいにはしたくなかった。

少しずつ少しずつなんとかなるようになり、
いつの間にかベテランだのなんだの言われるようになった。
しかし、
1年目に見た20年選手30年選手とはまるで違う、
ただの、
なんとか1時間1時間授業をしているだけの教師だ。

変な話だけど、
授業を見に来て、
必死にメモを取る若者と、
ただ黙って立っている若者にわかれる。

前者は何か盗もうとしているし、
後者は「こんなもんか」と思っている節がある。


よく自分で思うのだが、
どうやら自分の授業は簡単そうに見えるらしい。

誰にでもできる。
このくらいなら自分にでもできると。

至ってシンプルな組み立て。
めあてがあり、
それに向かう手立てがあり、
答えがある。

ただそれだけであり、
クラスの様子によりアレンジを加えていく。

自分で考えさせる時間を多く取る時もあれば、
こちらでたくさんヒントを与えて気づかせる時もあれば、
一問一答形式で丸を付ける時もある。
色々な人の考えを見に行かせる時もあれば、
教え合わせることもある。


子供たちがどのくらい理解できているのか。
それが基準になる。

理解度をもとに、
その場で授業を組み立てる。

管理職に、
あなたの授業は一般化できない。
他の人はできない。

と言われることがある。

いわば瞬間芸術のように、
その都度その都度展開が変わる。
だから指導案どおりに進める授業は苦手。

1つとして同じ授業はない。
めあてから結果にたどりつくまで同じ過程は1つもない。

子供が違えば、
その時の雰囲気で、
理解度で、
やる気で、
状況でいくらでも変わる。
思考が流れる方向へと変えていく。


いろんな先生が「すごい」と言ってくれるような授業はできないし、
目指してもいない。
至ってシンプルだし、
だからといって何かすごいしかけや工夫があるわけでもない。
見てる方は正直つまらないと思う。
でも、
「あの子の表情がいつもと違う」
「なんでこんなに点数がいいのか」
「いつもノートを書かない子がなぜこんなに書くのか」
なんて言われるたびに、
シンプルにその子たちの思考の流れるがままにやっているだけなのにな、
と思う。

強制がない。
その子たちが考えやすいような出し方をするし、
同じペースで進めようとしない。
ゆっくり考えている子がいてもいいし。
早く考えて他にも方法がないか考えている子がいても、
ボーっとしている子がいても、
教えたがる子がいても、
どんな子がいてもいい。

最終的に理解できればいいと思っている。

「主体的な学び」とか言われて久しいが、
そもそも学びとは主体的なものではないか。
こちらが提供はできるが、
受け取るか受け取らないかは自分で決めること。

教えられたことは自分でわかろうとしない限り理解しない。

矛盾しているが、
人は人を教育できない。
教育しても教育を受ける方が受け取らなければ教育はできない。

そんな相反することを毎日していれば、
色々なことを言いたくなるのだろう。

いかに自分で学び取らせる状況をつくり出すか。
今後学力の定義は変わる。
というか、
自分の中ではいかに自分で知識を組み合わせて考えられるか。
知識を活用して自分の頭で結論を出せるか。
そのことだと思っている。
記憶すること、知識に関してはインターネットや電子辞書には勝てない。
なのでそれを組み合わせて知恵を生み出す。
しかしそれも近いうちにAIにとって変わられる。

となればその知恵を行動に移せる部分でのみ人間にアドバンテージがあると思いたい。
そのうち、
AIがロボットをつくり出し、
行動までするようになればそれもとって変わられるかもしれないが。

そんなことも手塚治虫がずっと昔に漫画で描いていたことであるが。


そんな大きなことじゃなくても、
自分で知識を得て、自分で考えて、行動できる。
そういうことができるようになればいいと思う。


知識も言語もITでフラットになりつつある現代。
先生として何ができるのか考えたい。
少なくとも、
人のせいにするような先生にはなりたくないと自戒する。

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火の鳥
手塚治虫
ではなく、
不可思議wonderboy

ふと聴きたくなった。
数年前、6年生を送り出すときに、
教室で聴かせた。


不可思議wonderboyを知ったきっかけは偶然。
いつもは聴かない時間帯、
確か深夜たまたまつけたJ−WAVEから流れてきた。

サンプリングしたようなイントロから始まるラップ。

いや、ラップじゃなくて本人は違う言葉で言ってたな。

本人じゃなくて、
ナビゲーターだったかな。


そして詩に引き込まれる。
自分のことを歌っているように思えた。
それから数枚wonderboyのアルバムを買い求めた。

その後彼はもうこの世にいないことを知る。

youtubeの動画も見た。
知った当時は毎日聴いていたような気がする。

彼が生きていたら今どんな言葉を放つのだろう。

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負けそう
自分なりにやってきたのだが、
負けそう。

このままでいいわけがないと思いながら、
ここまで来た。
いや、
ここまで来るのが精いっぱいだった。

色々な本を読んだり、
人の話を聞いたり、
そういうことを一生懸命やってきたが、
これでいいんだろうかと燻る。


どこまでも遠くへ行きたい。
車で旅をしながら、
好きなところへ行きながら、
旅先の本屋に入ったり、
ネットで知った読みたい本を探すために大きめの本屋に入ったり、
ボーっとしたり温泉に入ったり。

そんなことをしたい。
そんな風に思うことが強くなった。

連休、夏休み、休みが取れる時は遠くへ行く。
でも帰ってこなければならない。
仕事をしなければならない。

流行っているビジネス書やビジネスのことを扱っているテレビを見ると、
会社に行かないで仕事するのが流行のようで、
今の仕事は完全に仕事場に行かなければならないので、
そういう仕事の仕方をするためには転職しなければならないと思ったりして、
それでも今はもう2年先までの路線は決まっていて、
うまく行けば一気に2段階出世して、
さらにどっぷり嵌ってしまうという、
そんな環境になってしまっている。

その先6年やれば、
個室が与えられ、
その後20年位はその立場でいられるような気もするものの、
そんな人生でいいわけもないと、
心の奥底では思っている。

これはなんとなくだけど、
この先今の仕事の働き方もどんどん変わっていく気がしている。

今のような働き方と、
年俸制のように区市町村あるいは学校ごとで採用されてフリーに働いていけるような、
そんな働き方に分かれていくような気がしている。


私はひねくれているので、
安定してくるとそれを壊したくなる。
いつでも冒険したり、
自分をぶち壊したり、
そんなことをしたくなる。


それとともに歳も感じる。
流行に鈍感になって、
今の時代のデバイスを扱えなくなってたり、
最新のことがわからなくなってきている。
体力も落ち、
気持ちも沈み、
もう若くなくなったと感じる。


愚痴をいうことも中々できなくなり、
元々はここは自分の本音を話す場所だったのだが、
アクセス数が増えるにつれてそんなことも言いづらくなってくる。


同世代のように家族も持てず、
とは言ってもそれは今までの自分が望んできたものだけども、
最近はもう手遅れなような気がしていて、
自分が欲しかったものは全て取り逃してしまったような気がして、
気がついた時には遅いという気がしている。

思い出ばかりがよみがえり、
自分の失敗を思い出し、
心が塞ぐ。
そういうことが多くなってきた。

心が老人である。

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流行に乗って
箕輪厚介さんの本を読んでみた。

「人生を何か熱狂できるものに」
とかいう文章が常に頭に引っかかっていて、
自分の人生で今何か熱狂できるものがあるかと考えている。
そして過去を振り返って何に熱狂していたのかを考えてみる。

師匠たちが異口同音に言っていることと同じで、
好きなことをやれ
ということなんだろうなと思うと同時に、
今やっていることに熱狂しろってことなんだとも思う。

そんなわけで久しぶりに仕事を前倒しでやってみた。

まぁ疲れたけど、
だいぶ終わってある意味スッキリ。
やらなくてもいいこともあるのだと思うけど。


著書の中だったかラジオで言っていたか忘れたけど、
自分がやらなくてもいい仕事を減らすとか、
自分がやりたいことだけをやるとか、
そんなことだったと思うけれども、
今の自分はどうだろうか。

時代の流れだろうなあとも思う。
ホリエモンも本出しまくってるし、
そういうやりたいことだけをやれ
という風潮が確かにあって、
それに乗っかってる人もツイッターとかで散見されるけど、
とりあえず黙ってやれということかなと思って、
とは言ってもやりすぎると疲れてしまうわけで、
だったらそれは好きじゃないことじゃないのか?
とも思うわけだが、
そうやって熱狂し続けられる程の熱量は今はないということかな。

それだけ歳を取ったということか、
精神的に老いてしまったということなのかなぁ。


とりあえず自分はできることを淡々と。

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