人生スローカーブ(*´∀`*)ノ

水のように生きていたいものです。
なでなでしてほしいうさぎ

コウペンちゃんも好きなのだがなでなでしてほしいうさぎ、
通称なでうさちゃんも好きだ。
どうやら小さくて丸っこいのが好きらしい。
しかもちょっとしょんぼりしているのが。
(´・ω・`)も好きで、
家にはご当地ショボーンがたくさん貼ってある。
コウペンちゃんはしょんぼりしてないけどかわいい。


って思った今日の夜。

ほんとうに学校という場所は色々ある。
対子供、対教員、対地域、対保護者

対なんとかってのがたくさんある。

要は人間関係のデパート。
仕事はコミュ力が全てと言っても言い過ぎではないと思う。
いくら授業が下手でもコミュ力があって子供とうまくやれればどうにでもなるし、
学年間や分掌間、その他でもうまくやっていければどうにでもなる。
対保護者でも、良好にコミュニケーション(意思疎通)ができていれば問題も起こりづらいし、
対地域でも、あの先生はいい先生、というレッテルを張られればやりやすくなる。
ついでに言うと、
対教育委員会においてもそう。
指導主事の先生などと顔見知りになって仲良くなっていればそれだけ情報交換もできてやりやすくなる。

要はどれだけ円滑で良好なコミュニケーションを取れるかどうかだと思う。


一度どこかでほころびが生じればあっという間に負のスパイラルに突入する。
対子供、
対保護者、
対教員
ここら辺は特にそう。

対子供であればクラスがうまくいかなくなるし、
それが飛び火して保護者ともうまくいかなくなる可能性が高い。
対保護者であれば子供とうまくいかなくなる可能性もある。
対教員ともなれば孤立したり、
意思疎通ができなくなるから職員室に居づらくなるし、
何しろ辛い。
これが対管理職になれば何をやってもマイナス評価に取られかねない。

精神疾患が他の職業と比べて多いと言われるけれども、
他の職業に比べて「対人関係」を求められる。

子供が好きだから、とか、
勉強が好きだから、とか、
教えるのが好きだから、
とかでは難しいと思う。

さらに、
「ブラック」と言われて久しいし、
長時間労働とか、色々言われていて、
どうやらなり手不足らしい。
講師を見つけるのにも一苦労。

そもそも学校にいいイメージを持っている人が先生になりたがるのだろうから、
子供時代に学校にいいイメージを持てなければそもそも職業に先生という項目ははなからないだろう。

と思う。
現状、
自分だけ「働き方改革」を10年以上前から始めていて、
今その成果が出ているのだが、
昨年、今年度あたりから現場でも「働き方改革」とか騒ぎだした。
私の場合は、
昔の経験からこれ以上働くとつぶれる、
とのことからできるだけ短時間で仕事が終わらせられるように工夫してきた。
現状、
仕事の量、質ともに変わらないどころか、
さらに増える中で、
労働時間を減らしましょう、と言われても無理だと思う。
減らすためには仕事のスピードを速くする必要があるし、
そのためには工夫が必要で、
事務機器やパソコンの使い方、
仕事への取り組み方等色々必要になる。
特に事務機器の使い方、文章を書くスピード、
段取りを組む方法等、
これはマストに近い。

所見を1日4時間で2日で終わらせる。
その位の能力は必要。

通常は早くても1週間位かかると思う。
それを2日で終わらせる。
しかも質を落とさない。
そのためには日頃からメモをしておく必要もあるし、
要所要所や小まめに先に打ち込んでおく必要がある。
そうやっているうちに、
その子の映像が頭に残ってくる。

そうすると次に何が起こるかというと、
授業の様子や一場面等が写真のように頭に残る。

さらに何が起こるかというと、
プリントを見て画像で記憶できるようになる。

そういう能力が必要になるけど、
まぁ大抵はそんなことできないし、
もし本気で働き方改革をするのであれば、
昔の事業仕分けじゃないけれど、
0ベースから全部見なおして作り直すことだと思う。

そういうことを考えて既に実行している人がいて、
最近メディアで取り上げられたり、
書籍が刊行されたりしているので、
そういうことを考えているのは自分だけではないのだと知る。
しかし、
それはあくまで個人レベルだったり、
せいぜい学校レベルなので、
国や地方公共団体レベルで作り直さなければいけないと思っている。

要は明治時代から続く学制の流れをぶった切って、
時代に合わせたものにする必要がある。
しかし、
集団を統制するためには今の教育システムがベターということで、
プラスアルファとしてギリギリの線で主体的だとか、世界標準だの、
そういうのがてんこ盛りにくっつけられている。
しかも教員に対してはそういう教育の場が与えられないか、
普段の業務に加えて強制的に研修の機会が与えられる。

そういうことじゃなくて、
何かを付け加えるなら何かをカットしないともう物理的に無理だと思うし、
それを各学校レベル、区市町村レベルでやるのはもはや限界だということ。
せいぜい都道府県レベル位じゃないとどうにもならない。
各学校の裁量なんてたかがしれているのと、
国→都道府県→区市町村というヒエラルキーがあるので、
マスター→コピー→コピー的な伝言ゲームでどんどん内容が変わっていく。
国の認識と現場の認識がまるで違うことはこういうことから始まっていて、
さらに、国がこう言うならうちはこうしようああしようなどと解釈して、
各都道府県がさらに違うことを言いだしたりするので、
余計わけがわからなくなる。

10年前は現場がもはや限界だと感じた。
今は区市町村レベルでも限界だと感じているが、
話を聞いてみると、
どうやら都道府県レベルでもきつくなっているみたい。

さて、
どうやって自分の身を守りますか?的な、
そんなこと考えたくない時代になってきてるのかなと思います。

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神戸
林原めぐみの東京ブギーナイトの1400回記念公開収録の優先観覧席チケットが当たったので、
昨日から神戸へ。
今日はホテルを出てから、
ハーバーランドをぐるりと一周。
そして海を見たり、ポートタワーを見たり、
メリケンパークを見たりする。

一言で言うと、
とても落ち着く。
そして広い。
きれいだし、
田舎育ちの自分にはちょうどいい。
関内や山下公園に近いものがあるが、
それよりもコンパクトだし、
何よりも人が少ない。
海風が気持ちいい。
気持ちが軽くなる。
ずっといたいなぁって気持ちになった。

初めはあんまり歩くつもりはなかったんだけど、
ついつい、iPhoneで写真を撮りながら2時間位歩いてた。

初めは公録チケット引き換え時間のだいぶ前に戻って、
どっかの喫茶店で読書でもして待っていようと思ったのだが、
神戸の海の魅力に引き込まれてしまいました。
是非また来たいと思ったし、
こういう街に住みたいなぁとも思った。

力が抜けている街。

そんな風に思った。

東京を中心とした社会で生活していると、
東京は別の国であり、
大阪、神戸、京都の文化圏はまた違う国だと感じる。

京阪神はあたたかみがあるし、
歩いている人もどこか隙があって、
何かあったらすぐに助けてくれそうな感じ。
そして雰囲気が明るい。
切迫感がないという感じ。
ゆるーくやっていきましょ、それでいて女性もきれいだったりするので、
なんか自分もリラックスして街を歩ける。

こっちに戻ってきて一番に思ったのは、
表情に隙がない。
雰囲気にも隙がない。
キーワードは「効率化」。
そんなように思う。
確かに便利。
しかしのんびり感はない。

大阪神戸で思ったのは、
東京に比べて歩くスピードが遅いということ。
こっちに戻ってきて駅を降りた時に、
やっぱりこっちの歩くスピードは速いなぁと感じる。

2日過ごして、
自分は関西の方が性格的にも雰囲気的にも合っているような気がする。
広島もそうだし、
大学時代の部活以外の仲間は全て西日本から来た人だった。

もしかしたら自分のルーツは今の実家じゃなく、
西の方だったのかもしれない。
妙に落ち着くから。
そして自分のままでいられるから。
我慢しなくていいから。
言いたいことを言っても受け入れてくれるから。

なんて思いつつ海辺の街を歩く。

そして公録。
今回は初となる無料で誰でも観覧できる場所で、
1階の先着で並んで入れるフリースペースはもちろんのこと、
2階から5階の吹き抜けになっている周りのスペースにも人が何重にもいた。
自分は優先観覧席チケットが当たったので椅子に座って見られた。
しかも近い。
生でめぐさんを初めて見た。
僕の中では、
元気をくれる歌を歌ってくれていた声優さんだし、
スレイヤーズのリナ・インバースの人、
女らんま、そして、綾波レイ。

今ではコナンの灰原哀役の方がわかるのかな。
後はポケモンロケット団のムサシの人。
他にも色々やっていると思います。

初めて知ったのは中学生の頃。
当時は声優オタクかぶれ程度(地元レベルだと完全にオタクでしたが)で、
声優のラジオを深夜、
ラジオが聞けるヘッドホンステレオで雑音と戦いながら聞いていました。
その時にはめぐさんのラジオはあまり聞いていなかったのですが、
サムシングドリームスマルチメディアカウントダウン(現在はこむちゃっとカウントダウンになってますが)を毎週欠かさず聞いてて、
そこでGive a reasonを聞いたのが始まり。
地元のCDショップに行ったら売っていたので、めぐさんのCDを初めて買ったのがその時。
そこから、レンタルしたりし始めた。
ただ、
当時の僕の好きな声優は、椎名へきる、國府田マリ子、丹下桜だったので、
どちらかというと林原めぐみは歌の人という印象の方が強かった。
椎名、國府田、丹下は欠かさずラジオ聞いてました。
文化放送1134と、HBC(北海道ラジオ)1287と、ラジオ大阪1314を。

めぐさんのはたまに聞いてたくらいでした。

でも現役で第一線で仕事してるのはめぐさんだけなのよね。
椎名さんもまだラジオやってるし新曲も出してる。
國府田さんはニコ生で月1でやってる。
丹下さんは紆余曲折ありながらも静かに活動してるのかな。

椎名へきるのライブは高校生大学生の時に2回行きました。

林原さんは今回初生で見ました。
しかし、まぁこの人はプロだわ、と思いました。
役、というか、人柄そのままなんだけど、
ちゃんと仕事としてやってて、
声優というよりは、
「林原めぐみ」という職業だと思いました。

内容はというと。
前半は公録部分。
中盤は公録以外のトークコーナー。
ラジメディアという番組の男性パーソナリティと、まさかのかおりん(南かおりさん)が登場。
かおりんのラジオも雑音混じりながら1314のぶんぶんベスト10聞いてたので、
ちょっとテンションあがりました。
この人もニコ生で國府田さんと一緒に月一で配信してますね。
後半は東京ブギーナイトと虹色のスニーカーの2曲。


ちょうど東京ブギーナイトの放送が始まってしまったので、
残りはまた書きたくなったら書こうと思います。
とにかく、
来週、今日の公録が放送されるというので楽しみに待つことにします。

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神戸の夜に1人考える
考えてみれば


今の学校に行ってからエリートコースに乗った

ってか、
管理職に恵まれた
なので自分の力以上に評価された
何故か統括指導主事にも好かれて、
そのまま何故か一気に階段を駆け上がってる感じ
いや、
なんにもしてないのにエスカレーターに乗せられて勝手に上へと上がっている感じ

実はそうなれたのにも過去の状況が大きくて、
前の学校では教務主任と生活指導主任と仲良くさせてもらってて、
その時の校長が、
いきなり高学年担任は無理だろうから、
算数で高学年の子供への接し方を覚えて高学年担任をした方がいいから
というので、
専科になった
それで専科の教務主任と生活指導主任と仲良くさせて頂いて仕事を教えてもらった
加えて研究推進委員会にもいたから研究のことも勉強できた
特別活動はあまりやったことがないからわからないけれど、
教務、生活指導、研究推進のことが分かれば学校業務のことはだいぶ分かる
加えて体育行事委員会もやっていたからその点もわかる

こうして色々なことがわかった上で、
現任校に来て、
しかも一気に職員が入れ替わったこともあり、
仕事がわからない
という人が増えて、
色々と相談に乗っているうちにこうなった


元々は2年目でうつになり休職し、
辞めるか辞めないか、
続けたくないけど続けざるを得ないみたいになって、
あー、
もう死んだ方がいいなーとか、
いなくなりたいなー
って思ってたのにこういう状態になった

今考えれば周りの人たちが自分のことを考えてくれて、
特に役職が上の人たちに支えてもらいながら、
なんとかここまでやってこれたのだと思う

辞める辞めない
死ぬ死なない
失踪するしない

そんな中でも結局辞める勇気もなく、死ぬ勇気もなく、失踪する勇気もなくてズルズルと続けてきただけなのに、
周りの人たちに支えられてきたことは本当にありがたいと思っている

地縁もあって、
前に住んでいた地域にそれぞれ行きつけがあるので月に1回程度いつも行くことになる

全てはここから始まった
という公園もあるし、
色々と話を聞いてもらえる散髪屋さんもあるし、
病院もある

不思議な縁で繋がっていて、
今が1番幸せなんだと感じる


大した努力もせずにこうして生きていられることが奇跡だと思っている


1番ひどい時に必死になって支えてくれた人
恋愛を教えてくれた人
サポートしてくれた家族
そして今支えてくれている人

みんなに感謝したい

ありがとう

元気になるために comments(0)
連休明けて
いや、まだ1日あるけれど。

この連休中にしたこと。
コウペンちゃんはなまるトレインスタンプラリー。
休養。
実家に帰る。
休養。

実家にて。
三陸海岸をまわる。
釜石ラーメンを食べる。
大船渡から宮古へまわり、その後盛岡経由で帰る。
宮古から盛岡への道のりがきつい。
祖母の墓参り。
妹夫婦と過ごす。
姪っ子甥っ子と遊ぶ。
実家のブルーレイレコーダー買い替え及び取り付け。
配線がめちゃくちゃだったので一苦労したが、
付け直してちゃんとうつるようにする。
懐かしのお店で五目味噌ラーメンと隣の喫茶店。

やはり実家の方が空気はおいしいし、
飯はうまいし、
人は少ない。
そして昔に比べると店も増えたし、
こっちと売っているものも変わらなくなってきたし、
今更ながら戻るのもありかと思ったりもする。
ってか、
後何年かしたら早期退職して向こうで働くのもいいかと思ったりする。
それだけ歳を取ったのだなぁとも思う。
自然の良さ、
時間の流れのゆっくりさ、
そして何より家族と過ごす時間の大切さ。
そんなものを感じる。

あー、結婚したい。家族を持ちたい。
そんな風に思えるほどにやっとこさ成長した感じ。

戻ってきて。
渋滞を回避するために夕方出たおかげか渋滞は全くなく、
スムーズに帰って来られた。
走ってて思うのは、
外車、型落ち高級車と型落ち高級ミニバンは飛ばす飛ばす。
というもの。

こちとら法定速度以下なら疲れないので法定速度以下で走るのだが、
それでも疲れる。
外車はアウトバーン前提で作られているからそりゃスピード出しても大丈夫だろうし、
型落ちの方々もそれなりに高級車なので疲れないんでしょうなあ。
今の車が気に入っているから買い替えは考えないけど、
この先頻繁に帰るようになったら長距離楽な車にするのかもしれません。
車が小さいと跳ねるし、高速走行でも楽なのがいいなぁと思ったりする。
型落ちクラウンが100万で売られているのでそんなにするかもしれません。
できたら一度はFRに乗ってみたいし。

後1日の休み。
家で読書するか、
車屋に電話して点検に持って行くか、
母の日のプレゼントを連休にいる間に最低限はしたけれども渡しそびれたものを買いに行くか、
それとも久々に温泉に行くか。

後4,5日休みならないかなと思いつつ、
明日までなので、
起きてから考えよう。

5月の週末は既に予定で埋まってしまったので、
きつそう。

来週は神戸。
再来週はまた実家。
そのまた次は飲み会。
車を点検に持って行けずにいますが、
だとしたら明日電話して即日見てもらえればいいのですが、
本当は温泉に行きたいような気が強いので、
放置になるか、
とりあえず連絡だけして、
持って行って、
代車??
持って行くのはできるが取りに行ける暇がない。
でも古くなってきたのと、
短期間に長距離乗ったことで心配なので本当は点検に出したい。

さてどうしよう。

そういう意味でも後2,3日くらい連休がほしい。

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時のうつりかわりは儚いもの
ブログを更新しないままに令和になってしまった。
「平成最後の」、「平成最後の…」と、
どこのテレビもネットも騒いでいる。

どうも苦手だ。

どうもこういう別れとかそういうのって本当に苦手で、
さびしくなる。
別にうつりゆく日々は変わらない。
勝手に日本人が決めたものだ。
ただ、
どうもこうもこう騒がれると辛い。
「おめでとう令和」
なのだろうけど、
正直こうも「さようなら平成」、「おめでとう令和」
と言われると、
何か自分も変わらなきゃいけないような気がして焦る。

変わらないのが私の価値。

そんな風に思っているのだがそんな私もここ数年で変わったような気もする。


物心ついて記憶が鮮明なのは平成の時代。
昭和に生まれたが覚えているほとんどのことは平成の時代になってからだと思う。

というわけで、
平成の終わりと共に自分の青春も終わった気がしてならない。

正直さびしい。

と思ってこのブログを書いている。
令和一発目がこれなので、
平成を名残惜しい感じな記事でいいのだろうかと思うが仕方がない。
世間的には、
令和になったからこれこれを頑張ろう!!
みたいなのがいいのだろうが、
どうも去りゆくものとか、
散りゆくものが美しいと思う。

そういう美意識なんだと思う。
終わっていくはかなさ。
桜が好きなのも散りゆく様がはかないからかもしれない。


というわけで、
実家に帰るミッションがあるのだがどうも気が乗らずにまだ帰ってない。
寝た後に帰ると思うのだが、
正直めんどくさい。
この間帰ったばかりだし、
また再来週に帰らなきゃならないし、
別に帰らなくてもいいじゃん(´・ω・`)
とか思ったりもするけれど、
両親が心配だったり、
やはり墓参りがしたいとかそういうことで。

まぁどっかに行く気にもなれないので帰る場所があるっていうだけでありがたいのかもしれないけれどね。
どこに行っても混んでるので、
どっかに行く気にもなれないわけですが。
後は疲れた。
連休初日にダウンして、
次の日回復したからコウペンちゃんはなまるトレインスタンプラリー全9駅+池袋西武内のスタンプ制覇して、
その足で東京駅のコウペンちゃんはなまるステーションへ行って。
その次の日は疲れ果ててダウンして。
そして今日帰ろうと思っていたが、
どうにも気が乗らず。
平成最後は落ち着いて天皇陛下の退位するお姿を見たかった。

見た後夕飯を食べいつの間にか寝落ちし、
こんな時間。

今から実家に帰った方が高速もすいてるし早く着くのだが、
そんな気にもなれず、
こうしてパソコンを開いている。

向こうへ行ったら。
両親の話を聞く。
実家のブルーレイレコーダーが半分壊れてるので一緒に見に行く。
母の日。
母方の祖母に会いに行く。
この間亡くなった祖母の墓参りをする。
できたら被災地を見に行く。
妹夫婦と姪っ子甥っ子の相手をするなど、
色々ある。

だから帰るわけなんだけども遠い。
歳を取ったなぁと思うのはこういうところ。
昔は帰るだけで一大イベントだったなぁと思う。
車で長距離を走って帰るのは本当にドキドキして、
でも走ってる間に疲れてきて、
まだ着かない、まだ着かない…ってなるのがオチだったけど、
行く前は本当にわくわくした。

今となってはもう、
遠いし時間がかかるのでめんどくさくなる。
新幹線に乗れば大したことないのだが、
向こうに行ってからの足がないのでやはり車、ということになる。


ついでに4月を振り返ろう。
トップが2人とも代わって、
新しい体制になり、
自分も昇進して、
めまぐるしかった。
出勤から退勤まで常にしゃべり続けている感じ。
相談、質問、授業、相談、相談、相談、相談…。

自分の仕事もしているが、
どちらかというと誰かの相談に常にのっている感じで、
その都度その都度アドバイスしたり話を聞いたり。
そんな4月でした。
立場が変わったのと、
トップ2人が代わったことで、
校内のことを知っている人がいないということもあり、
そうなったんだと思う。
しかし私もそんなに現任校長くないのだが、
どうやら私がここに10年くらいいると思っている人もいたりして、
そんなわけもなくわかる範囲でやっている。

昨年度の終わり位から子供の指導よりも、
学校運営の方にシフトしてる気がする。
指導内容は頭に入っているので、
後は指導方法だけ児童に合わせて変えていけばいいので苦にはならないが、
正直早く帰りたいとも思ってしまう。
それでも一般的な教員よりは早く帰っていると思うし、
総労働時間は短いと思う。
その分密度は他の教員よりも濃いと思っている。

いや、即断即決即行動なので時間がかかってないだけだとは思うが。

まぁ色々ありますが、
長い連休を頂いたので、
ぼんやりしています。
世の中の社会人では、
「こんなに長い連休はもう二度とない」
みたいな話を聞き、
ああ、
私は毎年長い連休をもらえてるのでそんな風な発想はなかったなぁと思いました。
その長い連休ももしかしたら来年あたりでなくなるかもしれませんが。

まずは実家に帰ろう。
その前に寝よう。

いい時代になりますように。
そして、今までありがとうございました。

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久々の旅行
仕事の後、
車で甲府へ。
よく行くところへ泊まる。
サービスはいいのだがどうも枕が合わない。
それ以外は好きなのだが。

温泉に2回も入ったので、
別のことをしようと思い、
清里へ。
なんだかソフトクリームが食べたくて。
そして別の空気を吸いたくて。

去年は夏に行ったのだが、
その時はすごく混んでたけど、
今日は時間帯が少し早いというのもあるのかほとんど混んでいなかった。

ソフトクリームはあっさり系。
ちなみにフランクフルトを食べ、
牛乳を飲み、
パンまで買って帰りました。
パンは朝ご飯にします。

いろいろあった4月。
ここじゃない空気を吸いたくて、
半ば強引に行ってきた。

結果とても良かったと思う。


後1週間たてばGWがやってくる。
おそらく何事もなく迎えられるとは思うが、
10連休。
いかんせん長いので、
どうしようか。

などと思ったりもする。
GW後が本番であり、
ここまではなんとか踏みとどまれる人も多いだろうけど、
長い休みでそのままフェードアウトしてしまう人もいるかもしれない。

私の場合は、
半分実家で、
半分休養かな。

実家に帰りがてらちょこちょこと寄り道をするか、
パッと行ってサッと帰って、
近所をうろうろしたり、
充電したり、
本を読んだり。
そんなところでしょうか。

とにかく高いし混む。
完全に電源を落とさない程度に、
少し休憩。

そんなところ。


だと思う。

祖母の墓参り、
両親への孝行、
自分への充電、
そして休養。

そんなものに当てたいと思います。
後は友人が何かイベントをやるというのでそれに行くか、
コウペンちゃんはなまるトレインのスタンプラリーをやるか、
コウペンちゃんはなまるステーションに行くことでしょう。

少し服の整理や部屋の整理もしたいところ。
色々と整理したいかな。
心の中も。

実家に帰るならまたあのジャズ喫茶へも行きたい。
北海道で食べたソフトクリームが売っている喫茶店へも行きたい。
まだ桜が残っているだろうから、
それも見てきたい。
海にも行きたい。

でもあんまり欲張りすぎると疲れてしまって、
GW後きついから全部はやらないと思います。

とりあえず明日からの1週間、
遅刻しないようにしないと。

少し余裕が出てきたので、
少しずつまた周りを見ていきたいと思います。

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ペースを守って
そろそろ綻んでくる頃。
だと思う。

朝から帰りまで忙しくて、
これではいけないと思う。

なので仕事のやり方を再度変えた方がいいだろうなあと思う。

とりあえずは慣らしペースなのだが、
ゆっくり変えていこう。
自分がやること。
任せること。
お願いすることなど、
そうやって分けていった方が捗る。

初心に戻って優先順位をつけて、
一つ一つこなしていく。
その方が早い。

昨日の記事で、
今日の今頃は全く違ったことを考えているだろうと書いたけれども、
本当にそうなるものだと思った。

長いのでゆっくりと。
淡々と。

そろそろ綻びてくる頃だ。
加速度的に荒れてくるか、
はたまたその逆か。

少し距離を取りながら眺めていようと思っている。
とりあえず10連休までと、
10連休後と、
そこの変化だと思う。

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まぁね
面識も何もないのだが、
祖母と同じ病気でいつ亡くなってもおかしくない人がいる。
まだ若い。

どうも最近そっち方面に引っ張られていると思う。

体調も悪い。
メンタルも悪い。

ぐはは。


特徴的なのはご飯を食べた後気持ち悪くなるのと、
過眠。

いけないなぁ(´・ω・`)
とは思いつつ、
治らん。
いや、
先週は食べなくてもいい時もあったから、
食べられるだけ良くなってきた方だろうか。

それでいて仕事のことも怖い。
久しぶりなのもあるので、
怖い。

でも、
自分の業務は大して前年度と変わらないので、
何をそんなに一体怖れているのか、
とか思ったりなんだり。

ネット見てみると、
苦しそうなつぶやきだのがいっぱいありますね。

おそらく今頃もだえ苦しんだり、
泣いてたり、
落ち込んでる人たちもたくさんいると思います。

まぁ自分もその1人に入るのだが、
職場の人たちも誰も私がそんな風に思っているとは思っていないだろうと思います。
というか、
そういう立場じゃない…。

人一倍臆病なので、
色々と失敗した時のこととか考えるんですが、
というか、
夢にも出るんですが、
今までもどうにかなってきたので、
たぶんどうにかなるのだとは思います。
10年前とか、
もっと前とかもっとひどかった気もするし。

この想像力というか、
妄想力を、
違う形で使えたらいいと思うのですが。

まぁ、
ほんとは逃げたいよ、ねぇ。
ただ逃げるとすれば、
辞めるか長期休みにするしかなく、
辞めれば今の暮らしはできなくなるし、
長期休みにすると、
戻るのに大変な労力がかかるのも経験済みなので、
どっちにしろGWまではなんとかするしかないですね。
明日の今頃はまた違うこと考えてそうですがね。

まぁ、
そんな嫌ならなんでこの仕事やってるんだ、
って話ですが、
これしかできそうにないです。
後は、
どうやらできるけど怖いって感じで。

世の中にはたくさんいい先生がいますが、
こんな先生が1人くらいいてもいいのではないかと思いつつ、
やってます。
不登校の子の気持ちとか、
クラスになじめない子の気持ちとか、
どちらかというとそちらよりです。
元気溌剌スポーツ万能で面白くカッコいい。
そちら側ではないです。
全く。

大抵。
そういうどちらかというとそちら側の子がなじんで、
元気になり、
勉強もできるようになり、
友達ができて、
私を卒業していくパターンが多いです。

元々元気な子は私など相手にしません。

私を卒業していった子たちもそのまま元気ならば良いのですが。


どうやらマイノリティーに親和性があるようなので、
そちら側に寄り添う形で。
しかし、
元気そうに見えてもさびしさの裏返しだったり、
不安を抱えている子もとても多く感じます。
保護者もそう。
個の時代だ、自由だなんだかんだいう世相ですが、
結局人は人でしか癒されないので、
集団でわきあいあいしてた方がいいんだと思います。
クラスをもっていた時はそうなるようにもっていってました。

「できないことはできる人がやればいい」
「誰かが助けてあげたらいい」
「できる人がやってあげるとみんな助かる」

最終的にはこんな感じでしたね。
ルールはあるのですが、
細かいものはなくなっていって、
結局できる人がやってあげる、教えてあげる。
難しく言えば適材適所になっていきました。
それぞれが得意なことをやるし、
できないことはやってもらえるし教えてもらえるってことで、
最終的には担任がいらないような形になってました。
それぞれが自分自身でいられるような空間を作りたかったですね。
最低限はクリアさせるけど、
それ以上は自分で選ばせる。
そんな感じでした。

公教育の中で、
そういうのは違うのかもしれませんが、
一人一人みな違うので、
それぞれで自由に伸びていった感じでした。

今はクラスをもってないので、
難しいですが、
もし今後もこういう立場であれば、
なにかしらの形でこういうようにできたらいいなと思います。
結構難しくて、
学年やクラスによって、
集団がある程度うまく形成されていれば、
似たようなこともできるのですが、
逆にうまく形成されてないと、
1時間や、1単元の授業内の中だけでは今の自分の力では難しいですね。
それは今後の課題です。

さて、
長話はこれくらいにして、
そろそろ寝ることにしましょう。
おやすみなさい。

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祖母2
亡くなってから2日置かれてわずか1時間半で骨になる

その事実が受け止められないのです


100年以上生きたのに、
亡くなったらあっという間です。

どんなに頑張っても
どんなに長生きしても
何のために

僕にとっては思ってる以上にショックだったらしく
普通に振る舞うのが辛くて
今はもう無理です

ばあちゃんにかこつけるわけではありませんが、
今はじっとしていたい

子供の前に立って笑うことなんてできない

その資格がない


そんな風に思います

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祖母
教育の話ではないのですが、
心の整理のために書きます。

先日祖母が亡くなりました。
100歳を超えていたので、
遅かれ早かれこういう日は来るとは思っていましたが、
思ったより早かったです。
突然でした。

亡くなった朝に父親から連絡が入り、
その日のうちに対面しました。
とてもきれいな顔をしていました。
かけられた布をとってほしくありませんでしたが、
父か母が布をとってしまったので、
見ました。

今考えても本当だったのかなんだったのか、
心の整理がつきません。

次の日、納棺。
死に装束を身内でつけてあげました。
正直、
直にご遺体に触れるのは初めてだったのですが、
とても冷たかったです。
でも、変な話、
なんだか亡くなっているとはこの時点でもまだよくわかりませんでした。
でも、
明日火葬になるので、
形としての祖母は今日でお別れ。
そのことが悲しいのか、
本当なのか、
未だによくわかりません。
時系列がぐちゃぐちゃなのですが、
未だに地元に帰れば迎えてくれるような気がして、
確かに火葬をして、
骨を拾って、
納骨して、
私がそのお骨をずっと運ぶ役目をしたのですが、
火葬してお骨を入れた箱がとても熱くて、
何故か特に左の方があつくて、
骨を拾ったときもすごく軽くて、
わずか1時間半で骨になってしまうのと、
ほんとにちっちゃくなってしまってて、
なんだかわけがわかりません。
通夜をし、
告別式をし、
告別式では兄弟でお別れの言葉を読み、
墓に遺骨を納めました。

30年以上も前に祖父はなくなっているのですが、
墓をあけて、
骨を見たのは初めてでした。
そこには30年以上も前に納骨した祖父の骨が昔のままありました。
まるで昨日今日置いたかのようにきれいなままで、
そのまま骨が残っていました。

祖父の骨はそのまま置かれていましたが、
祖母の骨は白い布の袋に入れたままでの納骨になりました。

上善も終わり、
その日のうちに自宅に戻ってきたのですが、
どうにも具合が悪く、
また、
ここまで直に亡くなったことに向き合ったことがなかったので、
どうしていいかわかりません。

亡くなった日から、納棺、火葬、通夜、告別式と、
火葬の後の日は葬儀会館に泊まったこともあり、
ずっと寄り添っていました。

なんだか本当なのか、
夢なのか、
現実なのか、
未だに心の整理がつかず、
今になって段々と、
よくわからなくなってきました。

明日の朝は仕事に行くのですが、
どうしていいものやら、
仕事なんかしてる気持ちにはなれずにいます。
昼ご飯は食べましたが、
それ以来お腹も減らず、
横になっていますが、
無意識には仕事のことがあるのか、
授業が成り立たない夢ばかり見てうなされます。

こんな状態で職場に行けるのか、
行っても同じように働けるのかわからず、
頭が混乱していて、
体もおかしくなっていて、
どうしたらいいものやらわからないまま時だけが流れます。

なんとなくこのまま朝が来るような気がします。
気持ち的には1週間位そっとしておいてほしい気持ち。

そして、
人が亡くなると色々影響が出ることも実感しましたし、
あっという間にこうなってしまうんだという現実と、
体から骨になってしまう日数のスピードが速すぎてついていけませんでした。

死に装束をつけてあげて、
お坊さんがお経をあげている時の祖母の顔は、
私からするとまだ死にたくない、
まだ生きたい、
助けてくれと言われているように見えました。

亡くなる朝、普通に歩いていて、
でもお腹を押さえて苦しそうにしていて、
どうやら夜中からそうだったらしいのですが、
我慢してグループホームのコールボタンを押さなかったようです。
父が駆けつけて、
言葉を交わしたら安心したのかスッと意識がなくなったことを聞きました。

死因はどうやら心不全、のようですが、
どうも心臓がもう限界で、
動かなくなったようです。
なので、
ほんと、
最後まで生き切った、
老衰、
とのことになったようです。

私が1人でいること、
地元を離れていること、
先生という、他から見れば大変だと思われる仕事についていることなど、
とても心配していたようです。
よく言われる言葉ですが、
もっと生きているうちに孝行しておけばよかった。
その言葉を身に染みて感じます。

自分1人で生きているつもりでしたが、
どうやらそうではなく、
みんなに心配されながら生きている。
そんなことを思いました。

そして、
人が亡くなるとこんなにたくさんの人たちが動くんだ、
ということも、
なんだかおかしいですが客観的に感じました。

そして、
人は必ず亡くなるのだから、
こんなことをしていても何なんだろうか、
というか、
言葉にはうまく表せませんが、
無常というか、
ほんと、
なんなんだろう
ということも思います。

一生懸命に生きているはずなんだけど、
死んでしまうとこんなにもあっけないのか。

一体なんなんだろう。
とか、思ってみたり。

人が亡くなって、
こんなに考えさせられることは初めてです。

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